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ふたつの過剰さについて―「まとまらない身体と2024/横浜session」レビュー(中村大地)

2024年4月15日(月)15:13STスポット

「まとまらない身体と2024/横浜session」という作品は「まとまらない身体と」というプロジェクトの最新作として、STスポットで上演されたものだ。まずはそのプロジェクトのことについて記してみたい。
当日パンフレットにおいて、演出・振付をつとめる福留麻里は次のように言う。

このプロジェクトは約3年前、2021年2月に、最初はとても個人的なところからスタートしました。2020年にコロナ禍になったのとほぼ同時期に山口県に(家族の仕事の関係で)移住し、プロジェクトが始まったときは、妊娠5ヶ月でした。これまで自分が生きてきた上で基準にしていた(つもりになっていた)社会的な通常のことも、個人的な自分自身や身体を巡る通常のことも、当たり前ではなかったということに直面し、また、人と会う機会もずいぶん減っていました。否応なく変化していく身体や環境や世界を感じるなかで、今までと同じように、(あるテーマのもとに)作品を制作することがなんとなく不自然に感じてスタートしたのが、「小さな振付」の採集です。まずは身近な小さなところから、振付として残さなければ自分でも忘れてしまうような、ささやかなこと、他の人にはどうでもいいかもしれないけれどたしかに起こった出来事、目にしたもの、出会ってきたことは「振付」として形に残すことで、覚えていられる、思い出すことができるもの、変化を確認できるものになって、人に見てもらったり共有することで、一緒に話すことができるものになり、そこから少しずつ色々な方に、動きの民話のような「小さな振付」をわけてもらいながら、現在(1月26日)では169の「小さな振付」があります。

振付は終演時のSNSの投稿によれば172まで増えているらしく、もしかしたらこれを書いてる今現在、もっと多くの「振付」が生まれているのかもしれない。つづけて、会場でも当日販売されていた「まとまらない身体と小さな振付リスト2024.01アップデート版」からもいくつか引用してみよう。

(なるべく頭をからっぽにする)うごきの日記:その時の身体の感じで動きをつくる(その日、その場所にからだをすます)
なんとなく動いた動き(ひろいたくなる瞬間)やなにかしてる途中の気になった動きをひろう
このようなことをうごきにしたい!エピソードや記憶、日々のこと……(小さなひとこま、こうした!のもっと手前)
人からもらった振付🎁(その人の記憶や考え、からだをたどる)

こうしてみると「小さな振付」には、少なくとも福留にとってふたつの側面があるように感じられる。ひとつはその時の身体の感じで動きをつくる、“うごきの日記”という側面。そこでは「こうしたい!のもっと手前」であること、「なにかしてる途中の気になった動きをひろう」ことに重心が置かれている。
そして、そもそもは福留の個人的な日記のようだった「小さな振付」を、誰かにつくってもらうことで「その人の記憶や考え、からだをたどる」ことのできる“うごきの民話”のような側面がそのふたつめとしてある。
そうした「小さな振付」を踊るワークインプログレスが、山口で2回、東京1回行われた。当時はソロダンスだったそれが、福留に加えて安藤朋子、杉本音音、たくみちゃんという4名のパフォーマー、さらには「作業(音)」の小林椋との“セッション”(強力なスタッフチームももちろんそのセッションに名を連ねる)としてリクリエーションされたのが今回STスポットでおこなわれた「まとまらない身体と2024/横浜session」である。
と、やや長くなったが前置きとして本作を位置づけるとこんな感じになる。1月末のSTスポットで、リハーサルとゲネプロ、それから本番と、あわせて3度ほど見た。本番同様、出演者は毎回異なる。その感想を書いていこう。

 

どのように振付を語るか

僕はダンスに関しては門外漢で、演劇の劇作家・演出家をしている。だからということが強く作用してるか、生来の性格かは分からないが(たぶんどっちもだ)、ダンスを観るときもよく、もしそこに発話があるならばそれにかなり引っ張られる形で上演を見ようとしてしまう。本作でもそれはそうだった。

上演は大きく3つのパートに分かれる。この構成はソロダンスのときのものを踏襲している。まず、総計169(上演当時)の振付を覚えたパフォーマーが順繰りに現れ、その「小さな振付」を実践する。最初はひとりずつ踊っているが、最終的には3者が同時多発に空間の様々なところで踊る。「小さな振付」はとても様々だ。いわゆる“ダンスらしい”動きもあれば、一見ただ立ち尽くしているような振付、あるいは観客を別の席へと移動させるような振付もある。ともあれそれを観客は眺める。この時、同時に「作業(音)」の小林が自作のオブジェクトをダンサーの動きとは無関係に配置し作動させている。オブジェクトがモーターによって回転し床を擦る音、振動の共鳴音などが空間のそこかしこで聞こえてくる。
3者はひとしきり振付を披露し終えると語り始める。今実践した振付のひとつひとつにはエピソードがあること、自分たちは覚えたもののうちから14ほどの振付を今この場で選んでおこなったことなど。誰かが話したことを受けて、別のひとりが連想して別の振付を踊ったり、観客に対して気になった振付の質問を受けたり、あるいは踊り方を観客に対して教えるような一面もあった。とにかくその“決まってなさ”が印象的だ。そのうちにこれまた3人の踊りと語りが同時多発となったのち、ひとりひとりとハケてゆく。鳴り続けていた音が音響により拡張され、照明の変化もひときわダイナミックに変化する。小林がオブジェクトの電源をひとつずつ切っていく。静寂。
最後のシーンがはじまる。1人残されたダンサー(回によって異なる)は、自分が最初にやった14の振付、他の2人がやった振付、お互いに話している間に思い出した別の動きなどなどをもう一度プレイする。音や光の変化はなく、観客はシンプルにダンサーの身体と向き合う。ダンサーが退場して終幕となる。

ざっくりと上演の流れを説明したが、上述の通り、僕はかなり発話に寄りかかって上演を観た。2つ目のシーンで重ねられる3人の語りは言ってしまえば振付の説明にすぎないのだが、その発話が興味深かったので少し取りあげてみたい。
「小さな振付」は大別すると3種にわけることができる。

A 福留から生まれた振付
B 出演者から生まれた振付
C 今ここにはいない誰かから生まれた振付

割合で言えば、Aが一番多く、BとCで言えばCの方が振付数は多そうだ。これは福留の「日記」的なるものからはじまっているのだから当然だろう。これらについてパフォーマーはたとえば以下のように語る(以下括弧付きで示す語末の数字は、「まとまらない身体と小さな振付リスト2024.01アップデート版」に書かれた振付の番号である)。

「この振付はSTスポットの萩谷さんが考えてくれた、徳山動物園のマレーグマのつよしくんのうごきです。」(24)

どう言っていたかは誰が、いつ、どのタイミングで言ったかによって正確ではないが、Cについては多くがこうして「だれが・なにについて(あるいはどのタイミングで)」ということが明らかにされていたように思う。
あるいはBの振付については、杉本がこう語る。

「時計の動きの振付はもともと、福留さんが出産のため入院しているときに生まれたもの(35)なんですが、その振付をやってみて私は、自分が入院していたときに、いつまでも時間が進まないなと思っていたら、時計がずっと8時40分で止まっていたんですね、そのことを思い出して。だからこれは身体で8時40分を示しています」(141)

というようなこともある。もともとあった振付から自分が思い出したことが派生してあらたな「小さな振付」となる。自分の振付を自ら話すこともあれば、別の人発信で、「この動きは、たくみちゃんが高校時代にやってた動きなんですけど」とたくみちゃんに話題を振り、「そうですね、バスケ部で真冬、突き指しないようにこうやってぐるぐるまわして手を温めてました。指先がしびれるくらいまでやるのがポイントです」(145)などと引き取るようなパターンもあった(この時、「みなさんもよかったらぜひやってみてください」と付言することもあった)。
Aの振付の場合は他と同じく「福留さんが~」という場合もあれば、「〇〇が」という主語が欠かれた形で語られることもあった。とりわけ個人的にはたくみちゃんが以下のように発話するのが印象的だった。

「妊娠していたときに、稽古場にはいるんだけどなんにもできず寝てるときがあって、1日ずつだんだんできることを増やしていこう、子どもが生まれたらでんぐり返しするぞ、って思ったときの振付です」(17)

こうした語りによって、これまで行われてきた振付の経緯を観客は了解する。踊っているのは3人なのだけれども、その背後に無数の人間の存在を見得る。とりわけ最後のたくみちゃんの語りはその背後の存在を意識させるものだった。身体的には本来経験することがないだろう妊娠時の振付を、主語を消すことである意味主観的に身体に通過させる。こうした言葉遣いがたとえば「わたしではない誰かの振付(語り)をわたしとして引き受ける」という感覚を観客に増幅させるように思えた。個人的にはビビッドだったので引き合いに出したが、こうした塩梅がどのようにクリエーションのなかで決められていたのか、あるいは決め切られてはいなかったのかはわからない。どうしたって配分的には福留発信の振付が多いのだからいちいち「福留さんが~」と言い続けるのもバランスが悪いとか、いろいろな懸念の上でなりたっていたことなのだと想像する。

小さな振付と振付の異なり

「小さな振付」を受け取ることと、いわゆる振付を受け取ることとでは、少しダンサーの実感は異なるのではないだろうか。振付の方法にもさまざまあると思うが、一般的なイメージにおける振付を戯曲の読み解きと強引に接続させるならば、それは“作者の生活(顔)”を考えなくてよいものであると思う。つまり、作者と作品とはある意味切り離しうるものとして存在する。対してこの「小さな振付」は、作者の生活(顔)がつよく含みこまれており、だからこそ福留は2つ目のシーンで振付の解説をいれることを選んだのではないだろうか。作者の顔が見えるという点でいえば、親・子・孫と口伝えで代々つたえられてきた語りであるところの「民話」と照応するところがたしかにあり、「うごきの民話」と名付けるのもうなずける。
意図的に話を逸らせば、そうやって昔々に民話を聞いてきた語り部の人と話をしたりすると「おじんつぁんに聞いた話をそのまま話している」だったり、後頭部と首の付け根あたりをトントンと叩いて「ここからおばあさんの声が聞こえるんだね、それをそのまま語ってんのさ」などと説明してくれることがある。僕はそういう話を聞く時いつもひそかに、“そのまま語る”というのは字義通りに一字一句違えずに語るということではないと思うのだ。民話が継ぐのは単なる文字情報ではない。語るその声であり、語ったその場の雰囲気であり、何世代ものあいだ語り手から聞き手へと手渡されてきたその関係性までをも含みこんだ複雑で膨大な情報だ。とすれば“語り直す”ときに自然と行われるのは、語られた時・ところ・関係性の正確な再現ではなく、今現在、語った場所の、語った関係性における“語ったままの最適化”だとは考えられないか。「そのまま語る」ことには、必然としてこうした変化も組み込まれうるはずだ。
変化の程度はかつて聞き手だった、今語り手となるその人の特性によっても異なるだろう。現代と紐づけながら丁寧な解説を組み込みながら語る人もいれば、一気呵成に話の世界へと引き込むような語り口の人もいる。なかには本当の字義通り、一字一句違わぬひともいるのやもしれない。でもそこで伝えるべきは「語り口そのもの」ではなく、そこで起こっていた過剰の情報量としての民話であり、そこには変換や翻訳がある程度許容されうるのではと考えたくなってしまう。

「小さな振付」を受け継ぎ、語る3名に起きていたことも、同じようなことではないかと想像する。パフォーマーは主語を除いてみたり、自分の思い出したエピソードを組み込んでみたりして語り直し、小さな振付を味わいなおす。通常であれば起こり得ない変更を許すのは、むしろ「小さな振付」に対するある種の最適で誠実な受け手の応答と言えるかもしれない。応答する人が多いことで、そしてその受けとり方が多様であることを観客も共有することによって、振付の向こうの「見えない多数の存在」が観客に開かれる。
こうしたアレンジを積極的に受け入れて、軽やかに新たな振付として反映することを許すのは、この「小さな振付」が「こうしたい!のもっと手前」であること、「なにかしてる途中の気になった動きをひろう」という“日記”としての側面を持っているからだろう。
また、出演者がそれぞれ異なる出自を持っていること(俳優・ダンサー・パフォーマー)が、「受け手」の特質として効果的に機能しているように感じる。反対に、少しうがった感覚かもしれないが、福留が出演するパターンの上演ではその「見えない多数の存在」が観客に開かれる感覚が少しだけ弱いように感じもした。福留から生まれた振付がそもそも多いということもあるし、あるいは私が福留の出演するパターンを見たのが3度目の上演のときで、構造を把握したうえでの鑑賞だったということも、この印象には関係するかもしれない。

ふたつの過剰さを引き受けて

空間をささえるセノグラフィーと、横浜sessionから加わった音についても触れておきたい。会場には市民プールとかで見たことあるような巨大なタイマーや、感熱紙、バスケットボールなどなど、多くのものが配置されていた。それぞれの“もの”はそれを直接「小さな振付」に使われるものもあれば、そうでないものもあるようだ(拝見したどの上演でも、もののすべてを用いた回はなかった)。そこに加わって小林が配置する「音のオブジェクト」がある。スイッチを入れればあとは生き物のように珍妙な動きをするそれはなかなかに数多く、ときにダンサーよりも目を引くものだ。これらの存在によって、すべてを見尽くすことはできない、なにかを見ていれば何かを見落とすのだ、というある種の過剰さが、上演を見る態度としてデフォルトになる。この過剰さは、「見えない他者の存在」とは違う位相の過剰さであろう。物理的視覚的な情報量の多さは、もっと単純なものとして存在する。たとえばTikTokやInstagramのリール動画をぼーっと追っているとき、X(旧Twitter)の投稿をついつい眺めている時、わたしたちの生活は、許容しきれない情報の過剰に飲み込まれる。民話のような時間的空間的奥行きの過剰さと比較するならば、さながら空間に現れる多数の時間軸の存在は、同一時間を平面的に広がる過剰さともいえるかもしれない。
わたしたちはひとつひとつの身振りを見尽くしてなどいない。「他の人にはどうでもいいかもしれないけれどたしかに起こった出来事」が横広がりの過剰さによってまさに目の前に現出する。

ふたつの過剰の果て、最後にひとり、残されたダンサーが踊る。観客はここでじっくりとひとつの身体から生まれる身振りを眺める。2つのパートを体験した僕ははじめ、ダンサーの繰り出す身振りとその「見えない多数の存在」とを愚直に結びつけ確かめるように見ようとした。しかし、それもあっという間にあきらめる。小さな振付と小さな振付の区切れ目がわからなくなる。見慣れぬその動きは、一度も紹介されなかった他の小さな振付なのかもしれないし、あるいは新たな振付がまさに生まれる、新たな日記の誕生の瞬間なのかもしれない。そこに終わりのない循環を見出すこともできる。わたしたちの生活というのはそういうものだ。日々繰り返しの中に差異があり、新たなものは目を凝らせば日々生まれる。などと言ってみることはできるのかもしれない。しかし、実際わたしは上演のなかで、ただひとりの身体を見ていた。それ以上でも以下でもない。作品は、ひとりの日記として綴じられる。そのことが良かったなと今思う。



祈り―結びに変えて

長くなってしまったが最後にひとつだけ、やっぱり語りの話を。ふたつめのパートの終盤、3人が同時に喋りだす時に、僕が見た回のうち2回で、安藤のこんな言葉が聞こえてきた。

「こっちがガザで、こっちはウクライナ。その間に向かって黙祷する」

これは振付リストによると82番の小さな振付だ。2022年3月5日と記された日付の下にはこう書かれている。

毎日のことを踊りにしているのに、毎日のなかでさしせまることを扱わないのは不自然のように感じた。
作品の中でできることはなんだろう。
そのことを、身体で、この作品という場で自分なりに手を伸ばす必要があると、強く思った。
立ちすくんでしまう。でも、なにか動き(◯でかこっている)にしたい。
(手をパーにして、グーにするイラストを伴って)ぎゅっ 握る
NO WAR. 戦争反対。
感熱シートコンパス。ウクライナの方向向く(つけくわえるように、「ガザの方向とのあいだ」とも書かれている)

この動きについては、もしも聞かれたら答える。

安藤の言葉にハッとさせられ、思わずその身振りを見る。
日々、あまりにもひどいことが、あまりに凄惨な現実が画面を通じてなだれこんでくる。上述の2つの戦争だってそうだし、能登のことだって頭によぎる。画面に映らないことだってたくさんある(その数のほうが多い)。出来事に対して表明できるアクションはもちろんたくさんあるし、そうしている友人たちのこともたくさん知っている。今自分にできることは、できるかぎりでやろうともしている。僕がハッとしたのは、僕自身が悲しみも怒りも、そういった情報を視覚で、映像で、言葉でしか得ていなかったなということ。僕の生活からはすっかり身体のことが抜け落ちていたのだった。祈るとは強く身体的な振付であり、その実践はまっすぐにわたしたちの暮らしと接続しているはずだ。当たり前のことが上演に組み込まれていることに、少しだけ気持ちが楽になった。

「まとまらない身体と 2024/横浜session」舞台写真 撮影:黑田菜月


中村大地
劇作家、演出家。1991年東京都生まれ。東北大学文学部卒。在学中に劇団「屋根裏ハイツ」を旗揚げし、8年間仙台を拠点に活動。2018年より東京に在住。人が生き抜くために必要な「役立つ演劇」を志向する。『ここは出口ではない』で第2回人間座「田畑実戯曲賞」を受賞。「利賀演劇人コンクール2019」ではチェーホフ『桜の園』を上演し、観客賞受賞、優秀演出家賞一席となる。近年は小説の執筆など活動の幅を広げている。一般社団法人NOOKメンバー。2020年度ACY-U39アーティストフェローシップ。
https://yaneuraheights.net

「まとまらない身体と 2024/横浜session」
2024年1月26日(金)-1月28日(日)
https://stspot.jp/schedule/?p=10414

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