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前向きに諦める。 ――asamicro インタビュー|2024年3月

2024年3月14日(木)19:10インタビュー

3月19日・20日、ST スポットにてダンサー・振付家のasamicroさんによるソロダンス作品『Like throwing a pass』が上演されます。

本作は、漁師町で育った自身の祖母と家族の歴史に焦点をあてた『海におはぎを投げる日』の続編にあたり、グループ作品として発表した作品をソロダンスとして新たに再構築します。

ヒップホップダンスからコンテンポラリーダンスへと活動の場を広げてきたasamicroさん。そんな彼女が全力で踊り、描く家族のかたちとは。
自身のルーツと向き合いつづけるダンサー、asamicroさんに10個の質問を伺いました。



『海におはぎを投げる日』(2023年/竹野子ども体験村)撮影:前谷開


Q1 asamicroさんは、ダンサーとしてのソロ活動と、主宰するegglifeではグループ作品も手がけていらっしゃいますが、ご自身の作品をつくるようになったのは、いつ頃ですか?

自分の作品ってどこからなんだろうって振り返ると、働いていたダンススタジオを辞めた30歳のときだと思います。

私は10代からヒップホップダンスを妹と始めて、姉妹ユニットとしてコンテストやクラブのイベントにも出るようになり、最後の10年間はお仕事としてダンススタジオのインストラクターもやっていました。
8クラスほどを担当して、子どもたちの発表会に向けた5分~10分のものをつくってはいましたが「自分の作品」というのとは違う感覚でした。

スタジオを辞めるのは一大決心で、2年ほど悩みました。
一般企業に就職せず、ずっとダンスをやってきた自分がお金を得られる仕事は、そこしかないぐらいに思ってもいたので。

でも、もう1回、プレーヤーとして頑張りたいっていう思いがあって。
そこのスタジオは芸能事務所に入るような生徒も多くて、私は選抜クラスでオーディション対策とかをやっていたんですね。そうすると、その子たちがどんどん受かっていくんですよ。CMに出演するとか、ツアーに選ばれた、とか。

いまだから正直に言えることですが、自分が教えてるのに活躍していく生徒たちを見て、素直に100%で喜べてない、なんか悔しいって気持ちがあって。それってきっと、やりきれてないってことで。このままだといいレッスンもできないし、ずっと下向きな気持ちになっちゃうなって。

それで、その所属していたスタジオは、2年に1回、大きいホールを借りて発表会をするんですけど、区切りがよかったので、「この発表会をやって、スタジオとインストラクターを辞めよう」と決めました。

その発表会で、5分くらいですけど自分のソロの時間をもらったんです。いま考えると、自分のために自分が踊る作品をつくったのは、そのときが初めてな気がします。それが2017年でした。

ちなみに、asamicroっていう名前もそのあとからですね。

Q2 asamicroさんがヒップホップからコンテンポラリーダンスへ活動を移すきっかけは何だったのでしょうか?

20代の10年間は、ずっとレッスンでスタジオに籠もりっきりだったんですけど、どうしても教えるのみだと、精神的に消費されていくのでダンスを辞めたくなっていて。

そこで何かダンス以外の趣味を見つけようと思って、写真を始めたんです。
もう休日はいっさい踊らないようにして、カメラを持って散歩するようになりました。それで撮影の休憩で、カフェに行くようになり、なんとなく毎朝の朝食を撮り始めたんですね。

ダンスを辞めたくて写真を始めて、家での生活の様子とか、自分の暮らしを撮るようになってきて、そうなるとカフェが好き、コーヒーが好き、パンが好きとか、そっちに意識が向いていったんです。
そこから『かもめ食堂』の映画にたどりついて、ドハマリしたんですよ。
当時、TSUTAYAで借りて、週3回ペースで見るぐらい。

あの世界観がすごく好きになっちゃって。それで、おなじ荻上直子監督の『めがね』って映画があることを知って、観てみたんです。そしたら、作中に「メルシー体操」というのが出てくるんですけど、「えっ! ダンス?」って衝撃を受けて。

当時は振付をされた伊藤千枝さん(※現在の活動名は伊藤千枝子さん)のことも知らなかったんですけど、私のコンテンポラリーダンスや舞台芸術への入口は、『めがね』の「メルシー体操」から、珍しいキノコ舞踊団にたどりつき、「へえ、こういうダンスもあるんだ」と出会ったところからです。

Q3 asamicroさんは「朝ごはん」や「朝時間」を毎回、作品のモチーフとして入れていますね。
過去のインタビューでは、不登校だった時期に、社会復帰するための練習として実践されていたことが土台になっているとおっしゃっていましたが、それといまの写真の話は重なってくるのでしょうか?

それはあります。
趣味で始めた写真も、毎朝、朝食を撮っていて、それは朝食が嫌いだった自分の過去をもういちど自分の中で見つめていくことと繋がっていると思います。

私は9年間不登校で、朝、目が覚めて布団から起きて着替えて、靴履いて玄関から出るという、その距離と時間がすごくしんどくて。
だからそれを拒否していたんですけど、周りの大人から「朝昼夜の体内時計を崩してしまうと社会復帰が難しくなるから、学校行かなくてもいいけど朝の時間を過ごせるようになると、社会には出て行きやすくなるよ」と言われていて、なので、目が覚めてから、起きていくまでのこの時間を私は「朝時間」って名付けて、身体と心を起こしていく方法や前向きになるってなんだろう、どうしたら布団から出られるんだろうっていう探求を始めたんです。

自分のコンプレックスから動機づけされているのもあり、「朝」というものに、よくも悪くも執着しているというのはあります。

ただ、最初は「パン・コーヒー・朝」と朝ごはんを単にモチーフにしていたけど、モチーフにすることとコンセプトにするっていうことをちゃんと切り分けないといけないんだなっていうことがだんだんわかってきて。
そこが混同しちゃうと、結局なにやっているかわかんなくなっちゃうので。

単純にパン、コーヒーだけじゃなくて、朝の光や時間、あと体内時計とか、朝の入口からちゃんと身体への影響に変わってきて、それが踊りや作品になるんだっていうことが、理解できてきました。
モチーフはパンとか目玉焼きだけど、コンセプトだったら朝食を囲む家族の関係性とか朝食のときの心境とか、それを踊りにしていくということが明確になって、ようやく、ちゃんと朝ごはんとダンスが少しずつ繋がってきた感じです。


記録している朝ごはん 撮影:asamicro

Q4 「朝時間」のためにマインドや自身の内面によって身体を動かすのではなく、まず環境や関係性からアプローチするというのは、asamicroさんのダンスにも繋がってくるのでしょうか?

環境から整えるっていうのはすごくあります。
グループ作品をつくるときは、作品の背景や表現したいストーリーのための稽古はしないようにしています。

もちろん、出演するダンサーの人たちには「今回の作品は…」みたいな根底部分の共有はしておきますが、稽古に入ってからは場面とは全然関係ないぶっ飛んだシチュエーションをあえて言ってみてどうなるかとか試しています。

たとえば「じゃあ、ここで大きい岩を持つとして、そういう重さでちょっと歩いてみて」みたいな。そういう体感するイメージをいっぱい散りばめていって動いてもらったりしながら、つくっています。
だから、シーンごとに私が持っているイメージを、この通りに踊ってくださいってことはしてないです。


Q5 昨年、グループのダンス作品として『海におはぎを投げる日』をegglifeで上演されました。新作『Like throwing a pass』では、その続編として立場と視点を変え、ソロへと変化するとのことですが、単純に振付がソロダンスに置き換わるというのとは、また違う作品になるということでしょうか?

コンセプトや時代背景とか、作品が携えている風景はあまり変えてはいないですが、前作は、タイトルの通りで神奈川県横須賀市の漁師町で実際にあった、安全祈願のため年に一度、海におはぎを投げる風習というのを中心に置いていました。
その周りに属している人たちとか、海の生き物だったり、人間じゃないものを登場させたり、フィクションの世界もそのときは描いていたんですけど、今回、ソロ作品にするにあたって、その海に投げるおはぎを作り続けた祖母に視点を当てています。

私は演じるっていうより、ドキュメンタリーみたいに現実を再現するような作品をつくることが多いんですが、まさにこのソロ作品は、出演者が私だけなので、おはぎを作り続けた祖母がどういう人生を生きて、仕事への思いであったり、家庭環境、私の父との関わりだったり、そこから私が生まれてきてという、個人的なドキュメンタリーを見てもらうみたいな感じになっていると思います。



『海におはぎを投げる日』(2023年/SCOOL)撮影:前谷開

Q6 そもそも、なぜご自身のおばあさんの人生をテーマに選ぼうと思われたのでしょうか?

常にテーマを選ぶときには、自分ごとじゃないと私はできないなと思っていて。
私は家族関係が良好とはいえなくて、それがよくも悪くも踊りの原動力になっているところはあると思います。

結婚を機に私は少しだけ家族と向き合うようになってきていて、久しぶりに祖母に会いに行ってたんです。
そこで、海におはぎを投げる風習の話を祖母から聞いて、“海におはぎを投げる日”っていうキラーワードがまず面白いって思いました。
そこから、祖母のところに行く回数を重ねていくうちに、時代背景や祖母が思っていることがだんだんとわかってきて、そのうちに自然とこれを作品にしようって思いました。


Q7 『海におはぎを投げる日』は、昨年の9月に兵庫県の豊岡、12月に東京の三鷹と上演を重ねてきました。
豊岡の竹野子ども体験村では日本海を目前にのぞむ屋外公演でしたが、三鷹のSCOOLは白い壁に囲まれたアートスペースと、場所の雰囲気もまったく異なります。
作品の外側にある不確定要素も表現に取り込んでいくスタイルというのは、なにか意識されていますか?

それが自分の強みになるかもしれないと感じて、まさにいま大事にしたいと思っているところです。
そこにあるものを環境にして踊るっていうことは、私はストリートでずっとやってきたはずで、そこがちゃんと作品に結び付けられるようになったら、きっとルーツであるヒップホップダンスも持ち味になってくるだろうなって思います。

たとえば、豊岡は屋外だったので照明が使えませんでした。一方、三鷹は室内なので照明が使えるとなったときに、どういう形で上演しようかと考えて、鈴木泰人さんというアーティストに参加していただいて、舞台照明ではなく「特殊照明」という形でお願いすることにしたんです。
それで、鈴木さんのアトリエにうかがって、ひとつひとつ照明の特色とか、効果を教えてもらい、この作品の上で照明も同じ時間軸を生きてもらおうと思いました。
そこから、踊りの演出も、照明の光をダンサーのほうからとらえにいくっていうかたちでつくりました。

あとは、参加させてもらったSTスポットの「ラボ20#23」での経験も影響しています。
私はずっと基本ひとりでダンスをやってきていたので、ショーケースに参加したこともありましたけど、何回も繰り返すことを前提に、再現性を持ってつくるということにそもそも慣れていなくて。
一回きりで決めるってなると、どうしても照明とか音をかっちり決めてつくっていかざるをえないですし。
それが「ラボ20」では、再現させるためにチームが共通の認識をもっていないと成立しないっていう進め方をしていて、それがすごく学びになりました。

再現性ということと、でも上演を重ねていくと変化していくということを知ったのも「ラボ20」からです。
「完璧なものを見せて、相手を倒すぞ」みたいなマインドで、ずっとヒップホップダンスをやっていたから、本番で変化していくということを考えたことがなくって。日々、変わっていきながら作品を育てていくっていう感覚を「ラボ20」では学ぶことができました。


Q8 「ラボ20#23」に参加されたのはどうしてでしょうか?

現代美術家の夫は、舞台の記録の仕事をすることもあるのですが、キュレーターだった岩渕貞太さんの現場を撮影したことがあったみたいなんです。それで貞太さんのことを知っていて、「貞太さんだったら応募した方がいいよ」と勧められたことがきっかけです。

アワードを受賞できたのは、本当に嬉しかったです。受賞できて、すごく背中を押してもらった感じがありました。
でも、参加されていた他のアーティストのみなさんもおなじだと思うんですけど、アワードのことを意識するよりも、いいと思うものをつくりたいっていう気持ちを大切にやれたことのほうが大きいです。



『Family Unbalance』(2023年/STスポット『ラボ20#23』にて上演)撮影:前澤秀登


Q9 いま活動を継続していくうえで苦労されていることはありますか?

自分のコンテンポラリーダンスのキャリアを考えると、スタートが遅いので身体的にもあと何年かなとかタイムリミットを感じてしまって、もっとコンペに応募しなきゃって焦る気持ちがあって。でもそれは、前向きに諦めようって思うようにしました。

これも夫に言われたことですけど、「頑張っているのはわかるけど、頑張り方が20代と一緒なんだよ」と。「その頑張り方は諦めなよ」って言われて、自分が何を作りたいのかとか、どうやって続けていくのかとか、そういうことを考えたら、いまの日本でのコンテンポラリーダンサーの若手が登っていくルートではないかたちもあるははずだし、王道的な進み方以外にもたくさんの可能性があると思うことができはじめてきました。


Q10 最後に、これからの活動の目標を聞かせてください。

目標はふたつあって、ひとつは、「朝ごはん」「朝時間」の表現者と言ったらasamicroだねって真っ先に名前があがるようになりたい。
もうひとつは、フィンランドで踊りを発表したいです。

フィンランドで踊りたいっていうのは、今回の新作にもフィンランド語が入っているんですが、私はフィンランドの家庭環境と教育環境にすごく憧れを持っていて、尊敬するところがあるので、教育や子育ての環境についても観光をしながらリサーチに行ったんです。

それと、フィンランドは「かもめ食堂」の舞台でもあるので憧れがあります。なにせ「ダンス界の小林聡美になりたい」って思っていましたから(笑)。

「朝ごはん」については、もう少し朝時間のプロセスを重ねた創作活動ができる環境にしたいと思っていて。
具体的には朝ごはんの時間を録音して、それでパフォーマンスしている様子や制作過程を公開できるようにしたい。また、朝と夜の光の扱いと動きをもっと学びたいと思っています。

あとはasamicro名義の第1作目である『朝ごはん』っていう、2018年にBUKATSUDO HALLで上演した作品があるんですけど、それをもう一度、時間をかけて舞台作品としてつくり直したいですね。

ヘルシンキのダンスセンター「ZODIAK」
撮影:asamicro


取材日:2024年3月1日 取材・構成:萩庭真

【プロフィール】
asamicro
10歳からHIPHOPダンスを学び、キレのある動きと中毒性ある振付が特徴。コンセプトは「明日の朝を迎えるために」。朝を迎えるまでの心と身体の向き合い方を基盤に社会と自身の距離を見つめながら踊りを創作する。
ラボ20#23ラボアワード受賞/「踊る。秋田」ベストダンサー賞受賞/SAI Dnace Festival2021solo First price 受賞/Macau CDE(Contemporary Dance Exchange)Springboard招喚

撮影:ともまつりか


【公演情報】
asamicroソロダンス 『Like throwing a pass』
日程:2024年3月3月19日(火)・3月20日(水・祝)
詳細:https://stspot.jp/schedule/?p=11228

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