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ダンスも場も自分ごとに ―6steps木村玲奈インタビュー|2023年11月

2023年11月19日(日)15:03STスポット

12月6日・7日にSTスポットにて『6steps|6段の階段+振付書+演出から生まれるダンス』が上演されます。

本作は6段の階段を振付の一部として使用するダンス作品であり、プロジェクトです。2020年からさまざまな形態で展開しています。
今回はジャンルの異なる2組のアーティスト、チーム・チープロ(松本奈々子、西本健吾)、松本真結子(協働者:中野志保)を演出に招き、振付と演出の分業という協働によって生み出される新たなダンスの可能性を探求します。
なぜ「階段」という日常的な構造物を用いることになったのか。そこから生まれるダンスとは。
振付・コンセプトを担当する木村玲奈さんにお話しを伺いました。


青梅公演『6steps | 6 段の階段から生まれるダンス』

階段のステップとステップを移行する間、その時間の中にダンスが生まれる可能性を見いだしたい

なぜ『6steps』をつくろうと思ったのか

まず、2012年から取り組んでいる『どこかで生まれて、どこかで暮らす。』(以下、『どこうま』)という作品があり、これは当時一期生として参加していた「国内ダンス留学@神戸」で創作をはじめ、他者へ初めて振り付けし、発表した作品です。それ以降も土地を移動することで、作品やダンサーの変化を見つめながら、神戸、青森、横浜、東京、城崎、香 港、豊橋、別府、上田、東村山と各地で創作・上演を続けてきました。
振付家として創作を始めた頃から、ひとつの作品を長く続けたいという思いはずっとありました。当時は、まだ若かったこともあり、新しいものを求められているみたいなプレッシャーを常に感じていて。ですが同時に、作り続けなきゃいけない、どんどん新しいものをという風潮にすごく疑問を持っていたのを覚えています。自分自身はそんなに早く移り変われない人間ですし、ダンス作品がどこか消費されていくようなイメージがあって、それに抗いたいと思っていました。

『どこうま』の次に、自分のライフワークとして続けていけるものって何だろう?そう考えたときに、もう少したくさんの人と振付やダンスを共有できるプロジェクトに取り組みたいと思うようになりました。そして、それが自分にとっての「新作」と呼べるものになる気がしました。
それまでは、振付は基本的に公開したことがなかったんですけど、目に見える形で振付が提示されている状況が在ったら面白いな、というアイデアが頭の中にぼんやりとありました。それで、まず手始めにゲームのルールをいろいろと調べることにしました。ゲームではないですが、サミュエル・ベケットの『Quad』も参考にしたりしながら。ゲームのルールって振付とも似ているので、いろんな人に使ってもらえる、遊んでもらえる、新しいダンスを生み出せないかなって考えていたんです。でも、既存のゲームのルールってよくできているので、一生懸命考えて、生み出せた!と思っても「あれ、これなんか○○に似てない?」みたいなことに陥っていました。

そうこうしているうちに、コロナ禍がやってきて家から出られなくなってしまい、だったら家の中の可能性を見いだしていこう、と発想してみることにしたんです。それで階段を振付の一部として使用するダンス作品『6steps』が生まれました。

階段を振付にする

階段を選んだのは、もともと階段の存在自体が好きだったということもあります。また、駅でのぼりおりする人の身体を見ながら、「あの人、綺麗な服着てるのに靴がボロボロだ」とか、「あ、ヒールのつきが激しめだ」とか、「酔っ払っている人の千鳥足」とか、そういう「その人の隠しきれなさ」みたいなことが見えてくることに興味がありました。

あとは、『住まい方の演出:私の場を支える仕掛けと小道具』(渡辺武信・著、中公新書)という本との出会いも影響しています。この本には階段ののぼりおりの演劇性、気分転換の仕掛け、などについて書かれていて刺激を受けました。そして、階段さえあればどこでも上演できる、どこでも遊べる、どこでも稽古ができるということが、コロナ禍の自粛のときに希望に思えたんですよね。そういったことから、階段を振付とすることにしました。

目的地がない階段、階段という存在だけを切り取ってみることにしたのですが、ある意味、抽象的な階段という存在を、何段にするかは迷いました。でも、何となく5 歩だと少なくて、7歩だとちょっと多いな、という感覚があって。人と階段の関係を考えた時、そして、それを眺めている人がいると仮定した時、人がのぼったと実感する段数であったり、ゆっくり階段をのぼるのを集中して見ていられる時間は6段分なのかもしれない、という直感から、6段に区切ってみることにしました。
加えて、階段と身体(足)の接地面というより、階段のステップとステップを移行する間の時間の中に、ダンスが生まれる可能性を見い出したいとも思っていました。

踊っている人も踊っていない人も、老若男女さまざまな身体が既に持っている・知っている感覚・経験からダンスを考えていきたい、ということも根源的なテーマとしてあります。階段をのぼりおりした経験は、介助されながらも含めて多くの方が体感していることだと思うので。

6stepsを置いてみるYAU編

階段と向き合う時間をどうつくるか

振付との向き合い方

2021年3月のワークインプログレスのときは、まだ公演することは何も決まっていなくて、あらゆることが手探りの状態でした。そもそも見せるものに値するのか、上演ではなくルールのような形式で生み出していくべきなのか、いったい何がこの『6steps』で提示できるのか、とにかく模索していました。
そして、ワークインプログレスを経て、結果的にいちばんシンプルなやり方で、自分が演出する上演をしてみようという選択に至りました。それが、2022年4月に青梅で上演した『6steps | 6段の階段から生まれるダンス』でした。この公演では、配信・ワークショップ・作品発表・ディスカッショントーク・体験・交流、を実施しました。こういった多くの回路を用意することで、ダンスを踊ること、見ること、そして青梅までの道のりや、青梅の街並み、空気感、暮らしの中の風景や瞬間を眺めたり感じたりするひとつのきっかけをつくることを目指していました。

当時はまだ振付書らしい振付書は存在しておらず、創作の中で決まっていった自分たちのルールをまとめたものとしての振付書が存在していました。基本的なのぼりおりの際の手の位置や視線のオプション、やってはいけないことなどは決まっていましたが、それ以外のダンサーへの具体的な動きの指示はもうけていませんでした。
ほとんどの動きの選択は演者それぞれに委ねられているので、その時間をどう階段と過ごすかを、リハーサルの間、トライし続けます。出演者は(私も出演者の一人)、自分がこの作品でどう踊るべきか、踊るとは何かみたいなことをつきつけられながら、とにかく自らの意志で扉を開けるようにダンスを探す日々でした。

出演者が3人中2人ずつ、回ごとで組み合わせが異なる上演だったので、出演しない1人が稽古を見て、思ったことは必ず伝えあうようにしていて、見ている人が面白く感じる部分と踊っている人が面白く感じるところ、体感の擦り合わせを確認しあいながら進めていました。特に当時の振付ルールには書かれてはいないのですが、やらないようにしている、やることが好ましくないとされていることがあって。それを稽古場では「スケベ」って呼んでいました (笑)。
ダンスであれば、踊りたいという欲求はごく自然なことだと思います。自分が自分を踊らせていくみたいなアクションをするダンスというか、それをこの階段の上でやってしまうと、なんだか場違いになっちゃうんですよね。ダンサーだったら観客が見ていることに応えたいって思う気持ちは絶対にあると思うんです。それに変な意味で負けちゃうというか。そうなってくるとどんどんスカスカしてきて『6steps』である意味が失われていってしまう。じゃあ平面でいいじゃんってなっちゃうんです。ダンサーにとっては普段なら重宝される手札が使えないので、ちょっと酷な状態でもあります。
また、観客の視線を断絶するということではないので、なにをもって見ている人に応えられるのかをずっと考えていましたし、今も考え続けています。この作品は偶発性に委ねられている部分も多く、演者は自分自身と観客を信じて挑戦する、という感じでした。
演者にとっても観客にとっても、階段と向き合う時間をどうつくるか、が核になるので、どの場所で公演をするのか、会場内のどこに階段を配置するのか、客席の位置はどうするか、そういった一つひとつの選択を振付家として大事にしていました。“階段と向き合う時間”がしっかりとそこにあれば、どれだけ揺らいでも、何かが立ち上がってきやすくなる、そういった時間配分と構成も意識していました。

“演出”と“振付”を切り分けてみる

2023年からは、振付であり舞台装置でもある6steps、6段の階段を様々な場・空間へ置いていく試み『6stepsを置いてみる』を始めました。
2月にSTスポット、8月に有楽町のYAU STUDIOで開催して、2024年2月にはTOKAS本郷での開催を予定しています。

青梅公演の終演後、観客にも階段を体感していただける時間を設けたのですが、お客さんが階段をのぼりおりしている光景を見ていたら、ここまでを含めてこの上演をやりたかったんだ、ということを再認識しました。ダンスが上演を介して見る人の自分ごとになっていって、さらにそのダンスを体験できるようにもなっている、そういったダンスの、ダンス作品の在り方は、すごく健全だなって思うようになって。そこから、上演とは別に6stepsというダンスを、振付を実際に体験してもらえる場をつくれないかと考えるようになり、6段の階段を置くことをSTスポットに相談させてもらいました。

昨夏にST スポットで開催した演出家の萩原雄太さんとの「ダンスと演出」研究会での取り組みが、今回の振付と演出を分業するという発想に結びついています。萩原さんとの研究会はとても大きな収穫になりました。6stepsを題材に“演出”と“振付”を切り分けてみる、といったことを試し、自分の中でかなり整理がつき、振付書も完成しました。

これまで私は自分のクレジットを「振付」としていて、「演出」とは表記していなかったんですね。でも萩原さんとの研究会を通じて、振付と呼んでいた中に自分の演出が入りこんでいたことに気づかされました。
もともと私はどちらかというと、いわゆるショーアップされた作品に関心が薄く、それよりはダンスの発生現場を様々な方と一緒に目撃したかったり、そこに立ち会ってくださった方と共に考えたり、どう思う?と問いを投げかけ続けることに関心があります。そんな私は『6steps』に取り組む中で、様々な身体や心と出会いながら、自分の手から離れたところで起こるかもしれない『6steps』にも可能性を感じるようになりました。

振付家が手放していく

そして『6steps』を託すことに

12月の『6steps | 6 段の階段+振付書+演出から生まれるダンス』では、2組のアーティストを演出としてお招きしました。
1組目が松本奈々子さんと西本健吾さんによるパフォーマンス・ユニット、チーム・チープロです。2組目は作曲家の松本真結子さん(協働者 中野志保さん)です。

チーム・チープロのおふたりとは、2月の『6stepsを置いてみる ① STスポット編』で初めてお会いしました。ふたりという最小単位のミニマムなところから作品が生まれてくること、そして松本さんと西本さんが分業を行いながら創作を進めている感じを受け取り、おふたりの創作プロセスにも興味をもったことから、『6steps』を託してみようと思いました。

一方の松本真結子さんは8月の『6stepsを置いてみる YAU編』に偶然、来てくれたことで出会いました。音とダンスは切っても切れない関係ですし、ある意味で振付書は楽譜的ともいえます。振付書を長いこと眺め「これを楽譜と捉えて演奏したら楽しそうです」と言ってくれた松本さんのことがその後も気になり、なにか新しい化学反応が起こるんじゃないかという予感がして、演出をお願いすることにしました。

松本真結子さんから振付と作曲の差異について興味深いお話を聞きました。作曲の場合、自分がイメージしていた音と、演奏で実際に立ち上がってくる音が違ってくることもあるのだそうです。譜面には作曲の意図が記されているから、譜面を渡したら作曲者がすべてのリハーサルに伴走する必要はなくて、2、3回のリハに立ち合えれば、あとは本番を聴くだけなのだそう。ダンスの創作現場を音楽に置き換えると、作曲家がずっと演奏者のそばにいて、ああでもないこうでもないって言ってるような状態じゃないですか。
振付家と振付が近いことは悪いことではないですが、『6steps』は振付家が手放していく作品であるとも感じています。でも、なぜそうしたいのか、そうする必要があると感じているのかは、私自身もまだうまくことばにできなくて、考えている最中です。

チープロの奈々子さんが、演出の依頼をしてすぐの頃に「まだ本番がどうなるのかはわからないですが、大丈夫です。6stepsはもう既にありますから。」と仰ってくださり、とても心強く感じました。今回初めての試みとして、2組のアーティストに演出をお願いしましたが、もしかしたら今後、私の演出をまたやるかもしれないし、さらに色んな人が関わって上演する6stepsも生まれるでしょう。そしたらその都度、異なるダンスが現れたり、共通する何かが見えてくるかもしれません。 今回の上演で初めて『6steps』をご覧になる方もたくさんいらっしゃることと思いますし、今後『6steps』をご自身がのぼりおりする経験から入る方もいたりして、出会い方によって作品に対するイメージも異なるものになるはずです。一つひとつ『6steps』を多角的にひらいていくことで、どこの入口からでも6tepsにはいれる、みたいになっていくのが理想です。


【本作の創作過程が垣間見える演出ノート・記録・日記・メモ】
6stepsを暮らす チーム・チープロ
6段の階段と仲良くなるまでの記録 テキスト 中野志保 / 写真 松本真結子



松本真結子さん・中野志保さん 6stepsで作曲・創作中

「糸口においでよ」

2020年に『6steps』とは別にもうひとつ始めたのが、東京郊外に『糸口(いとぐち)』という小さな場・拠点を構えたことです。
私が踊りを始めたのは、地元・青森で4歳のときでした。神戸のダンス留学から帰ってきた2013年には既に上京していたんですが、その頃はまだ「東京」との距離感を掴むのが難しいと感じていました。「本当にここにずっと居るのかな」みたいな気持ちが常にあって。この頃は東京に一応、家はあったものの、ダンス活動を通して様々な土地を移動しながら、自分にとってのオアシスになるような場所を探していました。でも、あるとき、自分で作らないと無いんだなって気づいたんですよね。
そんな想いをずっと抱えていたことと、コロナ禍になって移動ができなくなったことで、場・拠点を構えることを後押しされた感じがあります。「向こう5年は移動が難しいなら、じゃあその5年分の移動費で借りよう」と踏ん切りをつけることができました。
糸口は拠点であると同時に作品でもあります。糸口で過ごす時間は、何か特別なことが起こっていなくても、作品の中に居ながら、作品を育てているような感覚です。この感覚はコロナ禍でだいぶ助けになりました。 それまではずっと、走り続けなきゃいけない、多くの人に求められなくては、といった焦りのようなものを抱えていたんですね。何か表現をしている方なら、漠然と同じような思いや焦りを抱えている方も少なく無いのではと思います。それがコロナ禍によって止まらざるをえなくなって、ある意味で諦めがついて。
自分の作品の方向性がだんだんとわかってきたときに、多くの人に求められようとすることをやめることができました。私も誰に出会いたいかは自分で選べるし、来てくれる人も興味があれば来るし、無ければ来ないみたいな、そういう関係性の方が健康的で良いなと思ったんです。

「東京郊外に糸口があるよ」と言い続けることがひとつの作品提示でもあります。そして誰かにとっても『糸口』が自分ごとになっていったら嬉しい。それは私にとってダンスと同じで、ダンスも誰かが自分ごとに思えたら、そこからその人とダンスの何かが始まるというか、先に進んでいくような気がしています。「なにかあったら糸口においでよ」って言えるというのは、すごく面白いですね。なので、来年が契約の更新なんですけど、もうしばらくは頑張って借り続けたいと思っています。そして、来年はすこし長期で、糸口で踊ろうかなと計画を立てています。

糸口

取材日:2023年10月1日 取材:萩谷早枝子 構成:萩庭真、萩谷早枝子

【プロフィール】
木村玲奈
振付家・ダンサー。6steps 発起人・代表・コンセプト・振付・時々出演。ダンスは誰のために在るのか、ダンスそのもの・ダンス活動・作品・公演の構造を問いながら、国内外で創作・作品提示を展開する。’19 – ’20 セゾン・フェローⅠ。’20 – 東京郊外に『糸口』という小さな場・拠点を構え、土地や社会と緩やかに繋がりながら、発表だけにとどまらない実験と交流の場を運営している。Web : https://reinakimura.com

【公演情報】
6steps 『6steps | 6段の階段+振付書+演出から生まれるダンス』(YPAMフリンジ2023参加作品)
2023年12月6日(水)・12月7日(木)
詳細:https://stspot.jp/schedule/?p=10546

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