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場所からうまれる音楽  STスポットオープンデーvol.1『場所と音楽ー劇場でつくるー』レポート┃2021年11月

2021年11月05日(金)13:11STスポット

その場に居あわせた人々で、何もないところから音楽をつくりあげる。
この新しい試みは、2021年9月10日から12日の3日間にわたり、STスポットのオープンデーとして開催されました。
ディレクターを務めたのは、作曲家の西井夕紀子さん。

期間中は、入れ替わり立ち替わり、じつに様々な人々が劇場を訪れました。
その人たちが奏でた音が空気の振動となり、ひとつに重なりあっては、消えてなくなる。
そこはまるで、プリミティブな音楽体験の実験場のようでした。

本記事では、その場に立ち会った者のひとりとして、オープンデーの様子を振り返りたいと思います。
(文:萩庭 真)


Day1 マキノサンデー

オープンデーの1日目。
この日は2組のゲストをお呼びして、一緒に曲づくりを行いました。

1組目のゲストは、THE PUSHのみなさんです。
THE PUSHは、横浜市内の福祉作業所に通う方々を中心に結成された音楽グループで、西井さんとの出会いは、2017年。神奈川県内の障害福祉サービス事業所等にアーティストが出向いて、ワークショップを実施するプログラムの一環として、地域ケアプラザでミュージカルの創作を行いました。それから縁が続き、共同でコンサートを開催したことも。

もうひとりのゲストは、シンガーソングライターでギタリストの牧野容也さんです。
牧野さんは、2020年まで「小鳥美術館」というデュオで、“館長”として活動していました。当時、ツアーのことは、“巡回展”と呼んでいたそうです。
「そういった発想を持った方となら、劇場という場で何かをつくっていくということに対して、いろんなものを投げかけられるのではないかと思い、お声がけしました」と西井さん。

 

Track1

「最初にまずはセッションをしましょう。」
西井さんの呼びかけに、すかさず、THE PUSHのヒサシさんから「伴奏はドリフのテーマで」とリクエストが入ります。「え、ドリフ!?」と内心、筆者が戸惑っていると、牧野さんが、ギターを弾き始めました。他のメンバーも手にした楽器を各々鳴らして、それに続きます。

 天井に黒いパイプがあ~る
 てんてんとスポットライトが存在する~

その場で目に入ってきたものを次々と歌詞にしていくヒサシさん。さらに、そこに自分の感じていることを繋げ、言葉を紡いでいきます。ほどなくしてセッションは終了。
「ドリフらしさはどこに?」というツッコミが会場から飛びでるほど、オリジナルの一曲に仕上がっていました。

この日、THE PUSHからは2名が参加してくれています。
音楽さえあれば、どんどん歌詞が降りてきてしまうというヒサシさん、今日のためにドラムとシンバルを持参してきてくれた丸山さんです。

つぎはヒサシさんに続けて、全員で歌ってみることに。
演奏が始まって、しばらくヒサシさんとコール&レスポンスを繰り返します。次第に、歌詞の世界が広がりをみせはじめました。劇場の中にあるものから横浜駅周辺の街並みへと風景が移動していき、やがて、かつてモアーズ(当時は岡田屋)の屋上にあった遊園地まで登場。
横浜の変遷に思いを馳せていると、一転して歌詞は、ヒサシさんが小学校1年生の頃の思い出に移り変わります。なんでも、横浜までひとりで来て、歩いて帰ったときに、近所の商店街のおじさんおばさんが手分けして捜索してくれていたんだとか。ヒサシさんの人生を垣間みたところで、2曲目も終了。

 

 

THE PUSHの魅力は、同じ曲でも二度と同じ演奏にならないところだと語る西井さん。
しかし、最終日には、できあがった曲の演奏とパフォーマンスも予定されています。発表するためには、何かしら形にして残さなくてはなりません。そこで、ここまでの歌詞を振り返りつつ、いちど模造紙に書き出してみることに。
すると、ヒサシさんから一言。
「地球はパラダイス。」
一同、これには驚きました。ここまでの歌詞に、そんなフレーズは出てきません。しかし、思い通りにまっすぐ進むとはかぎらないのが、今回のオープンデーです。

ということで、ここからは「地球はパラダイス」の1行目に続く、新しい歌詞づくりに挑戦することになりました。来場者も一緒になって歌詞の続きを考えます。思い思いの単語が次々と出てきました。

「これまで自分は音楽をつくっている瞬間についついジャッジをしてしまっていたけど、それは必要ないんじゃないかと気がつきました。」
この日がTHE PUSHのメンバーと初顔合わせとなった牧野さんは、こう振り返ります。

オープンデーは、客席から舞台を観るだけの作品鑑賞の場でもなければ、参加者のためにプログラムがあらかじめ組まれたワークショップでもありません。ゼロから音楽をその場でつくりあげていく過程では、さまざまな意見や事態が起こります。また、バックグラウンドの異なる人びとがいるからこそ、驚きや予想外な展開も生まれます。オープンデーに正解はありません。
3日間におよぶオープンデーは、こうして始まりました。

 

Track2

今回のオープンデーは、アーティストの創作過程を公開する試みでもあります。
つづいては、牧野さんの曲づくりを来場者も一緒に体験します。

牧野さんは、客席の方を向くと、こう切りだしました。
「どうして桃太郎の桃は、川から流れてきたんだと思いますか?」
静まりかえる場内。
「それは哲学ですか?」
THE PUSHの丸山さんが思わず聞き返します。

どうやら正解があるわけではなく、それぞれが考えた答えを牧野さんは聞いてみたいようです。
会場からは、じつに様々な意見が飛び交いました。ここで、いくつかご紹介します。

・おじいさんとおばあさんには、子どもがいなかったから
・物語を語り始めるために、桃が必要だったから
・上流にある木の枝が折れて、桃が落ちたから
・桃太郎の結末を知っている人物が桃を流したから
・自身のヒーロー性に気づいた桃太郎が川まで流されに行ったから

西井さんは、ペンを手に取ると、壁に貼られた模造紙の前に立ちました。白紙だった模造紙が、皆の「桃が川から流れてきた理由」で埋め尽くされていきます。
そしてここから、これらの要素を盛り込んだ歌詞づくりが始まりました。

 

 

物語を語る外側の視点と、物語の内側に登場する人物の視点。歌詞を一方向の流れではなく、この2つを行ったり来たりするようにしたい。西井さんは、必死に言葉を探しています。
「私は知っていた、というのはどうでしょう?」

このフレーズを突破口にして、来場者と一緒に歌詞の続きを考えました。誰かが発した言葉が模造紙に綴られると、韻を踏むようにして、その後ろに次の言葉がどんどん継ぎ足されていきます。こうしてラップ調の「ももたろう」の歌詞が完成しました。

急遽、客席にいた東郷清丸さんと北川結さんにも飛び入りで参加してもらい、皆でセッションを試みることになりました。清丸さんにはラップを、北川さんにはダンスを担当してもらいます。
牧野さんのカウントで演奏が始まりました。

 ももたろう どこから流れてきたの?
 ももたろう 聞かせてよ あなただけのストーリー

のびやかな歌声は、西井さんです。
こんな歌詞ができあがるなんて、数時間前まで想像もできませんでした。

西井さんの歌から清丸さんのラップへ。ふたりのパートが交互に入れ替わります。
牧野さんのギターの音色は、どことなくドンブラコのリズムを彷彿とさせます。
舞台の前方では、両腕を広げながら波のように体を揺らして北川さんが踊っています。
西井さんが手に持っていたマイクを、トランペットに持ち替えました。響きわたるトランペットの音。ドラムを叩く丸山さんの手にも力が入ります。
演奏が終わると、会場内は自然と拍手に包まれました。

 

 

桃太郎という昔話を入り口に、皆が持ち寄ったアイデアや演奏が組み合わさって誕生したこの曲は、最終日に、オープンデーのグランドフィナーレを飾ることになります。

 

Track3

Track3では、この日できあがったすべての曲が来場者の前で演奏されました。
来場者からは「少しずつ曲が変化していく過程を見られて面白かった」「他の方の発想から刺激を受けた」といった感想が聞かれ、ここから最終日のパフォーマンスにどう繋がっていくのか期待が膨らみました。

 

Day2 キヨマルサンデー

オープンデーの2日目のゲストはTHE PUSH、ミュージシャンの東郷清丸さんです。

東郷清丸さんは、歌やギターだけでなく、トラックメイクも手掛ける音楽家です。
前日には、急遽ラップを披露する一幕もありました。
今回のオープンデーでは、ご自身の機材を用いて、楽曲づくりの過程を余すところなく公開してくれました。

 

Track4

この日は、紫雲会横浜病院とSTスポットをリモートで繋いだ、オンライントークから始まりました。
紫雲会横浜病院は、地域に根ざした精神医療の専門病院です。西井さんとTHE PUSHのみなさんは院内での企画に携わっており、交流が続いています。
今回は、紫雲会横浜病院に入院されている大森さんに、作詞された歌詞をご提供いただきました。

しかし、大森さんは当日、残念ながら体調不良ということで、代わりに作業療法士の西浦さんが挨拶をしてくださいました。
「精神科病院は閉鎖的なイメージが影響して、地域から偏見を持たれてしまうことも少なくありません。オープンにすることは、とても大事な取り組みです。」
病院と劇場の共通点は、その専門性ゆえに、外部との繋がりが見えづらくなってしまうところにあるようです。

会場には、大森さんの歌詞が配布されています。題名は「STAY GOLD」と「New fashion, New MODE」。
この2曲をまずは朗読してみることになりました。この日、THE PUSHから参加している平井さんと安田さんが、マイクを手に大森さんの歌詞を読みあげます。そこに、西井さんのキーボードと清丸さんのギターも加わります。
その後は、西井さんと清丸さんが分担して、同時進行で曲を付けていくことに。西井さんは「STAY GOLD」、清丸さんが「New fashion, New MODE」を担当します。

          大森さん直筆の歌詞

ここでひとつ問題が浮上しました。西井さんの伴奏にのせて、「STAY GOLD」を平井さんと安田さんに何度か歌ってもらったのですが、どうもメロディーが単調になってしまいます。
すると、「歌詞の“キティーリング”の部分は、区切って歌ってみては?」と客席にいた牧野さんから提案が。言葉を強調したことで歌い方にも変化が生まれました。
今度は逆に西井さんから牧野さんに質問が飛びます。
「Cマイナーのベースから明るい調へ飛躍するには、どのコードがいいですかね?」
「Aフラットメジャーセブンは?」牧野さんが答えます。

その場が手詰まりになると、誰かが手を差しのべる。そうすることで、次の道がひらける。
今回のオープンデーでは、度々こうした場面に出くわしました。

そうこうしているうちに、清丸さんの曲が仕上がったようです。今できあがったばかりの曲をギターで演奏しながら、清丸さん自ら歌ってくれました。コーラスとして、平井さん、安田さん、西井さんの3名も加わります。爽やかな一曲が完成しました。

西井さんの曲もできあがり、最後にメドレーで大森さんが作詞した2曲を演奏して、このTrackも無事に終了となりました。

 

Track5

つぎは清丸さんの楽曲制作を皆で一緒に体験します。

音を採集して、リズムに組み上げる。
清丸さんは、自身の曲づくりの方法を、実演を交えながら説明してくれました。
まず、清丸さんの声をマイクで録音します。つぎに、目の前の機械に配置されたパッドを叩きます。すると、さきほど録音した清丸さんの声がスピーカーから流れました。
清丸さんが操っているのは、トラックメーカーが愛用するMPCというサンプラー機器です。この要領で、あらゆる音を組み合わせて、曲を演奏するのだそうです。

舞台中央には、マイクが設置されました。
ここから、会場にいる皆で音の採集を行います。できるだけいろんなヴァリエーションの音を探していきます。

・ペンシルのノック音
・メガネのツルを打つ
・スケッチブックの紙をバサバサする
・胸を叩く(ゴリラのように)
・スカートをたなびかせる
・ポイフルをシャカシャカ振る
・鍵の金属音

この他にも、たくさんの音が集まりました。
清丸さんは、録音したこれらの音を手際よく組みあわせ、バスドラムやスネアドラムの音に見立てて、ビートメイキングしていきます。

 

 

ここで意外な出来事がありました。
なんと、客席にいた子どもたちが、踊りだしたのです。どうやら、音にあわせて踊っていた、THE PUSHの丸山さんの真似をしているようです。
沸いているフロアを見て、「踊りたい人はどんどん踊ってください」と西井さんも煽ります。汗だくになる丸山さん。

オープンデーでは、ふだんの日常では出会うことのない人々の交流があちこちで生まれていました。子どもにかぎらず、大人であってもコミュニティの外と繋がりを持つのは簡単ではありません。ここに音楽を介したコミュニケーションのひとつの可能性を垣間みた気がしました。

 

Track6

Track6では、2日目の成果発表として、大森さん作詞の2曲と、清丸さんの演奏する1曲が来場者の前で演奏されました。これで計6曲もの音楽がこの2日間で誕生したことになります。いよいよ、明日は、オープンデーの最終日です。ダンサーの北川結さんを迎えて、すべての楽曲を来場者の前でパフォーマンスします。プロセスを公開することに重点を置いてきた今回の企画がどういった形になるのか、この時点では誰にも予想がつきませんでした。

 

Day3 ミックスサンデー

最終日。西井さんと、この2日間で曲づくりを共にしてきた仲間たちが集まりました。
THE PUSHからは、ヒサシさん、丸山さん、安田さん。
1日目のゲストの牧野さんと、2日目のゲストの清丸さんも参加してくださいます。
そして、ここに最終日のゲストとして、ダンサーの北川結さんが加わります。
このメンバーで、この日までにつくりあげてきた音楽を来場者の前であらためて披露します。

 

Track7

「はじまりについての身体の動きを募集してもいいですか?」
その場にいた人々は、北川さんの提案に耳を傾けます。既にできあがっている音楽と、北川さんの身体をどう結びつけるか。この後のパフォーマンスについて、頭を捻っていたときのことです。

最終日だからといって、完成した作品を提示するのではなく、「音楽のはじまり」を見せられないか。それが今回のオープンデーには合っているはず。そう説明する北川さんに、他の皆さんも大きく頷きました。

客席もふくめて会場にいる全員が、動きのイメージを北川さんに伝えていきます。
横になって両手を伸ばす人、膝を抱えて小さく身体を折りたたむ人、空間の気になる箇所を指差す人。いろんな「はじまりの動き」が集まりました。
それを北川さんが振付として再構成することで、冒頭のパフォーマンスの場面が立体的になっていきます。

今回、ゲストのアーティストの方々には、三者三様の創作過程を公開していただきましたが、皆さんに共通していたのは、他者を招き入れる姿勢です。
通常、劇場は、舞台と客席の境界線は明確に区切られています。その線を完全に消し去ってしまうのではなく、自由に行き来できるようにする。そうすることで、その場で起こった出来事を無視することなく、作品にも取り込んでいく。
その創作プロセスがどなたも印象的でした。

 

Track8

舞台上に置かれた、キーボード、ドラム、ギター、トランペット――。
その他に見たことのない楽器もいくつか床に並べられています。
これからこの場所で、オープンデーの最後を飾る演奏とパフォーマンスが行われます。

まず、ダンサーの北川結さんが登場しました。
空間のあちこちに視線を泳がせながら、身体を縮めたり、伸ばしたりしています。
やがて、他のメンバーが、ひとりずつ北川さんに連れられて、姿を現しました。
しかし、演奏はまだ始まりません。
皆さん、楽器の前に座って、まじまじと眺めたり、おそるおそる触れてみたりしています。
まるで、生まれてはじめて楽器を見た赤ん坊のようです。

今回のオープンデーにあたって、西井さんはこんな文章を寄せてくれていました。
「建物としてではなく、意味としての“劇場”になるかならないかのところを、あえて“劇場”と呼ばれる箱の中で行き来し、誰かと一緒に味わってみたい。」
最終日のパフォーマンスは、まさに「劇場」になるかならないかところからのスタートとなりました。

その後は、これまで積み上げてきたプロセスを、西井さんが来場者に丁寧に語りかけながら、演奏が進行していきました。
ヒサシさんと一緒に歌詞を考えた曲や、大森さんの歌詞に西井さんと清丸さんがメロディーを付けた曲など、この2日間の記憶とともに音楽が順繰りに演奏されていきます。この日はTrack5で踊っていた子どもたちはいませんでした。しかし、清丸さんの奏でるグルーヴに身を任せていると、舞台上に笑顔で踊っている子どもたちの姿も蘇ってきました。

パフォーマンスタイムも残りわずかとなった頃、客席で色とりどりのサイリウムが灯りはじめました。それぞれリズムに乗りながらサイリウムや身体を揺らして、音楽に聴き入っていました。
静かな盛り上がりの中で、3日間にわたるオープンデーもフィナーレを迎えました。

 

 

西井さんは、初日から、「何も決めなくていいし、できなくてもいい。曲もできなくてもいい。」と繰りかえし語っていました。
それでも、今回、劇場に集まってくれた人たち、一人ひとりと向き合いながら、オリジナルソングが6曲もできあがりました。
オープンデーで生まれた数々の音楽や起こった出来事は過ぎ去っていってしまうものです。ですが、この場所でひらかれた経験だけは、日常に戻った後も、私たちの身体の中に残り続けていくことでしょう。


【公演情報】
STスポットオープンデーvol.1 『場所と音楽-劇場でつくる-』
2021年9月10日(金)-9月12日(日)
詳細:https://stspot.jp/schedule/?p=8017

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