2012.01.31
2010年10月に発表した『UNTITLED』から約1年半、岩渕貞太と音楽家・大谷能生の共同作業もこの『living』で3作目になります。
その間のいくつもの公演とワークショップを経て、「音と身体」の関係や意識にどのような発見があったのか、という事を中心に急な坂スタジオにてインタビューを行いました。
お話を伺う中で、音を聞くことから出発し、そのものらしさとは何であるかということを真摯に探求していく姿勢が見えてきました。
UNTILEDから見えた課題
- 本日はよろしくお願いします。『living』について色々と伺っていきたいと思います。
『UNTITLED』、『雑木林』、そして今回の『living』と、音楽家の大谷能生さんと組んでの作品制作も3作品目になります。また、会場はSTスポット→アサヒ・アートスクエア→STスポットということで、「身体と音の関係」や会場における変化などお聞かせください。
岩渕貞太(以下、岩渕):2年前にSTスポットで発表した「UNTITLED」では、大谷さんと初めて「音と身体」についてフォーカスした作品を作ろうと始めました。今振り返ると、1回目は音楽のためのダンスではなくダンスのための音楽でもなく、今とは違う関係性を探っていきました。
そこではある一定の発見があり、そのときは音が流れていることと体が動いていることを並行に走らせる、どちらも自立しているということを行いました。
僕は積極的に音に絡むということではなく、自分のやるべき事をやるということに、大谷さんが考える「UNTITLED」で音を合わせていきました。そのときは、自分は身体に集中して、あまり他のことには余裕をもたない感じで、とにかく自分の身体をどうするかに集中しました。
そこから、大谷さんと長いスパンで「音と身体」の関係を探っていってもいいんじゃないかという話になりました。『UNTITLED』は3部構成で、その2部にあたる「手触り」が自分の中で納得できていなくて、いつかこのパートを大きく広げて作品に出来るんじゃないか。その個々のパーツを展開させてリクリエーション出来るんじゃないかというイデアが出たんですね。それにタイトルが無かったから次はタイトルを付けようよと。
そして、去年アサヒ・アートスクエアの「grow up!! Artist project(※1)」に採択していただいて、折角だからやってみようということで『雑木林』を作りました。
そのとき、先ほどの「手触り」がなぜ曖昧だったのかを探りました。『UNTITLED』の他の部分は身体を中心に据えていて、「手触り」はその身体の外部にあるものとの関係だったのですが、余裕がなかったというのもあり、目指す所に到達できなかったんですね。
それで『雑木林』では、身体をみせるだけではなくて、「音と身体」から風景のようなものを立ち上がることを目指しました。風景というのは、自分は物語を取り扱ったり感情的に表したりすることを今は目指していないし、ただ身体を持っていくとロボットみたいになっちゃうというか無機質のような感じになってしまうこともあり、そこで風景という言葉が出てきました。アサヒ・アートスクエアも広い空間なので、空間とも向き合うことで音と身体からそういったものが立ち上げられるんじゃないかと。
そのときに、大きなキーワードの「音をしっかり聴くこと・音を聴く身体」という、僕たちがやろうとすることのベーシックなものが言葉になりました。音との関係は色々あると思っていて、例えばワークショップで大谷さんから出てきた音と身体の関係のカテゴリー(※2)ですが、基本的にはパフォーマーを後押しする音楽というか、パフォーマーからお客さんへの矢印があって、音楽もパフォーマーを通してお客さんへの矢印なのですよね。でも、今回はスピーカーから鳴っている音を聞くという状態をお客さんと共有することも1つの方法だと思うので、そこから始めたいなと思いました。
- 「手触り」という言葉だけだと、身体と近いものとの関係が思い起こされてしまうのですが、アサヒ・アートスクエアの広さの中で別なものがある、ここでは目ではなく耳からの情報である音から探っていく、そして特にその状態を共有するというのは大変面白いと思います。そういった身体があると、観客の作品へのアプローチにもつながっていくのではないかと感じます。
岩渕:良い悪いではなく、振付が決まっているものの中には、タイミングを合わせれば音楽を聴かなくてもある程度動きことができると思うんですよね。そこで踊り手が、ちゃんと音楽を聴ける状態であるというのは、今ここで行われているパフォーマンスになり得るのではないかと思います。
次回作の『living』では、舞台上に「物」を置き、その「物が物である」ということがどういうことであるのか、小さな空間で観ている人の影響を含めて、どう自分が舞台上にいられるのかを探っています。
そのものと向きあうために
- 先ほど、稽古を拝見させて頂いたときに、物によって身体と他のものの対比が明確になるというか、それ自体は動かない物との関係性の違いなど、外部からの影響のレイヤーが増えるのではないかと感じました。
岩渕:『雑木林』のときに音を聴く状態、動く前の状態は0の状態なんじゃないかという話が出て、僕が今まで舞台上で行なってきたことは100とか200とかで、それが舞台に立つことだと思っていました。でも、そうすることで無かったことにしているものがいっぱいあったんじゃないかと思って。音をよく聴いていなかったり、お客さんへの意識が小さかったりとか。
0の状態では、外の音、お客さんの咳とかが聞こえたりするのですが、それを無いものとしない。そこで0の状態を共有出来ていれば、2とか3くらいの小さな表現、日常的なものでも表現として成立するんじゃないかと。その中で、0以上にも以下にもならないという点で0の規準を保つ「物」があると自分との対比になる。
- 大変、興味深いです。特に一人での試行錯誤やパフォーマンスにつきまとう没入の怖さも、その0の状態を知っていることや大谷さんがいることで、回避できるように思います。
岩渕:僕のパフォーマンスは触媒によって変わるようなところがあって、僕は僕で掘り進めることに何を入れるのか。大谷さんの音に加えて、照明や物やお客さんもそうですね。その中で自分がどう変わっていくのかなぁと。僕個人だけで変えていくのではなく、訳がわからないものを突っ込んだり、それでどう変われるのかが面白いです。
- 振付だけでなく、ダンサーとしてもそれは面白そうですね。
岩渕:そういった面白さも、0が出来て初めて楽しくなってきましたね。それまでは周りがなかなかみえず、とにかく暴れ回る作品もあったのですが、今は立ち止まれたり、何から影響を受けるのかが分かってきました。音が身体の見え方を変えることも、身体が音の聞こえ方を変えることもあるなと。
その0の状態を考えていくと、もしかしたらマイナスも扱えるのではないという話にもなって。
- それはまた大きいというか射程が一気に広がりますね。
岩渕:何が起こるか分からない、何をしようとしているのか分からないような状態。-100はまだ分からないけど、-1〜-3くらいの普通なら舞台にのらない、舞台にのる前のこととか少し出てくるのかなぁと。本当に小さな範囲をどれだけ表現として成立させられるのかなと。
- その小さな表現というのは、先ほど仰っていた日常的なものなどでしょうか?
岩渕:近い......ですね。舞台にのせるときにみえなくなってしまいがちなものなのですが、また別のものです。
- なるほど。話が少し戻るのですが、0の状態としての「物」について、「物」に限ったことではないのですが、そこから観客は何か意味や物語などを読み取ることがあると思うのですが、その辺りはいかがでしょうか?
岩渕:大谷さんと、舞台上で何かするだけでドラマだよね、それはもうあるものだから物語をつくることよりも、もう少しパフォーマーのプライベートな部分まで見えてしまうような表現が面白いんじゃないか、という話をしました。舞台上に載せたときに消してしまうのではなく、その人の過去を含めて舞台上に立つことが出来るのかということで、日常的なものを取り扱ってみようと。
物も人も音もそうなのですが、それぞれにちゃんと向きあうことで、それぞれの「物の物らしさ・人の人らしさ・音の音らしさ」が何であるかを浮き彫りにできたらいいなと思っています。
さっきの質問にあった意味や物語も一瞬揺らいでしまうくらいに、向き合うことが出来ればいいなぁと。
今後はこの関係性を他のものでも試していきたいですね。
-稽古もそうだったのですが、お話を伺えて本番が改めて、また今後の活動も楽しみになりました。本日はありがとうございました。
プロフィール:岩渕貞太(ダンサー・振付家)
玉川大学芸術学科にて演劇を専攻。演劇と並行して日本舞踊・舞踏などを学ぶ。ダンサーとして APE、
ニブロール、伊藤キム+輝く未来、Co.山田うん、Ko & Edge.Coなどに参加し、国内外のツアーに多数参加。
2005 年より、自身の振付作品を発表する。2008、2009
年には坂あがりスカラシップのサポートを受け、作品 を発表。2010 年、音楽家を招いた実験シリーズ『UNTITLED』を開始。2011 年にはアサヒ・アートスクエア「Grow up!! Artist Project2011」サポートアーティストに採択され、『UNTITLED』のリ・クリエーションを行 なった。ワークショップの開催等、活動の幅を広げている
公演情報 http://www.stspot.jp/schedule/post-101.html
※1 アサヒ・アートスクエアが提供する、アーティストのサポートプロジェクト。詳細→http://asahiartsquare.org/?p=224
※2 状況を説明する音、感情を説明する音、身体を動かす音、身体と独立している音というようなカテゴリー。