劇場

「ラボ20#23」キュレーターによる総評/ラボ・アワード決定

2023年3月14日

#23キュレーター岩渕貞太による総評と、ラボ・アワードの受賞者を発表いたします。


「ラボ20#23」総評
8月のオーディションに始まりワークショップや稽古見、中間発表、スタッフ見せなど約半年をかけて2月頭に本番を迎えました。選出するにあたり『ラボ20』の機会を使い、思い切ってトライして作品づくりを一歩も二歩も深めることに活かせるタイミングにいる作家を選びました。参加したasamicro、Ne Na lab、森本圭治の3組はオーディション時点での完成度は決して高くありませんでしたが、各々が各々の言葉と身体で今向き合っている課題や希望を伝えようとする意思を強く感じました。それは今、言葉になっていない、作品にしきれていないものでした。わたしはキュレーターとしてオーディションの後、一緒に身体を動かしたり言葉を交わしたり作品づくりの傍らにいました。その間ずっと『ラボ20』のキュレーターの仕事は何だろうか。自分ができること、できないこと、やれること、やらなくていいことを考え続けました。『ラボ20』のプロセスの中で身体で思考して言葉を練り、そこからまた自分の踊りを見つけ作品の形や強度が変化していく瞬間を何度も見ました。私や『ラボ20』スタッフ、テクニカルスタッフ、参加者同士、中間発表の観客との対話の中で生まれることも多々あったと思います。作品は作家自身がつくるという当たり前のことと、他者との対話の中で練られていくということを強く実感しました。それは自分では気づいていない作品や自分の欲望に気づくチャンスでもあり、他者の意見に振り回され根本を見失う危険な時でもあります。私が特に気をつけたのは作家がキュレーターやスタッフに「教えてもらう」、キュレーターやスタッフが作家に「教えてあげる」関係になり、作り手の主体性を壊してしまうということでした。かと言ってあまり関わらないというのは本末転倒です。作家それぞれに必要としているサポートは違うのでそれぞれとの距離、角度で関わりました。あらためてダンサー、作家、作品というものをよく考える機会でした。稽古から本番が終わるまでお互いの主体性を尊重しながら踏み込んだ意見を交わす場になっていたと思います。5回の本番は毎回試行錯誤しながら少しずつ、時に劇的に変化しました。『ラボ20#23』を通して創作の中で他者とどう関係をしていくのか悩みながら、安心して率直な意見を交わし作品を育てていったように思います。

今回の機会でそれぞれ個人的、具体的なモチベーションを掴み、その実感を足場に観客に問いかける開かれた作品を創作する時間になっていると感じました。同時にここが作家として、ダンサーとして表現が深まっていくスタートラインでもあります。ここからまたそれぞれの活動を通して作家として、ダンサーとして突っ走ったり、転んだり、止まったり、輝いたり、鈍ったりしながら自身の表現が形作られていく、その変化が楽しみです。作家たちはマイペースに作品を創り、活動を続けていってほしいです。

asamicro
asamicroさんは「家族」や「生活」というもののままならなさを自分の意思でどう生き抜いていくのか、日々向き合ってきて、それが踊ることや作品をつくることと密接に関わっているが、どう形にできるのかを課題にされていました。オーディションではある意味その悩みがそのままあらわれていて、素直に踊りを見られました。本番までに作品の中身について二度の大きな変更がありました。創作の不安からのネガティブな変更ではなく必要だと思ったタイミングでなされたポジティブな変更だったと思います。思い切りの良い創作でした。「家族」という個人的なものを薄く一般化することなく、かつ開かれた作品として形にするのは簡単なことではありません。振付ボキャブラリー、マテリアルや音、音楽の選定やかかわり方の工夫などがasamicroさんの人生と記憶、これからの意思を説明的にではなく有機的にイメージを生んでいて感動しました。日航機墜落事故にまつわる音声と自分の出生、人生とがイメージの中で絡まり合い、不思議な浮遊感と不穏さ、暗さと明るさ、切実さがある作品でした。ラストシーンのあんぱんもこの作品のためだけに考えた物ではなく生きていく中で自分のそばにある大事な物が作品のマテリアルとしてここに結実した感触がありました。安易に答えを出さずにこの先への決意と意志を感じるラストシーンでした。

Ne Na lab
杉本音音さんと遠藤七海さんのユニットNe Na labはオーディション時点で「食べる」というモチーフの作品づくり、ワークインプログレスなどをやってきていました。まだまだ試したいこと、やりたいことがたくさんあり、それがまだ噛み合っていない印象でした。食べること、身体、ダンスがどう繋がって、どうダンス作品になるのか、方向性は膨大にあり、観客への提供方法もたくさんあります。始めの頃はそのどれも必要でやらなければならないと頭で考え、説明をちゃんとしようと試行錯誤をすることが多く、肝心の自分の身体の実感が置き去りになったり観念的に答えを出してしまうこともありました。誰もが同じようにYESと思う「食べる」、「身体」、「ダンス」を目指し観念的に考えすぎると、毒にも薬にもならない一般的な「食べる」、「身体」、「ダンス」を目指さなくてはならなくなります。しかしそんなものはありません。Ne Na labとしてコンセプトをどういう形で提示していくのか、本番でその試みが結実するところまではいかなかったのですが、一歩一歩このユニットにとって必要な方向性が見えてきた気がします。最初の動機である自分の身体に起きたことが創作プロセスやパフォーマンスを通して観客に開かれた問いかけになるNe Na labのやり方が見つかることを期待してます。

森本圭治
森本圭治さんはこの3組の中で一番変化して、かつ一番変化していない作家と思います。変化していないというのは悪い意味ではなく、まだ森本さんの中で形にはなっていなく、コントロールできず渦巻いている身体の衝動と強度は変わっていないということです。変化したのは、それが何なのかを探る方法を具体的にトライできるようになってきたことです。舞台上で起きることが本番5回とも違っていました。大外れの回もあったように思いますし、かなり形になった回もあったように思います。何か踊るべき衝動、作品をつくっていく強い動機を感じるけれどまだ形になっていないダンサー/作家の可能性、その何かが何なのかその予感を楽しみ、孵化を待つような緊張感がありました。まだ森本さんは孵化前の卵ですが、その中にあるものへの期待はとても大きい面白い存在です。森本さんにはこれからどんどんトライアンドエラーをして失敗も恐れずにやっていってほしいです。周りの人たちにも長い目でこのトライ(アンドエラー)を見守ってほしいと思います。

ラボ・アワード
今回のラボ・アワードはasamicro『Family Unbalance』に決定しました。

それぞれの作家たちにそれぞれの期待があるのですがラボ・アワードはSTスポットでの単独公演の権利が与えられるということを加味して、単独公演で伸び伸びと作品づくりをして羽ばたく時期にいると感じたasamicroさんに決めました。たくさんではありませんが日本でストリートダンスをベースにコンテンポラリーダンスを作る作家の系譜は確実にあります。asamicroさんはこの流れにまた新しい風を吹かせてくれるように感じます。『ラボ20#23』を経て単独公演ではどんな作品が生まれるのか楽しみです。みなさんも楽しみに待っていてください!!

「ラボ20#23」キュレーター 岩渕貞太


受賞者決定
#23ラボ・アワード受賞者はasamicroさんに決定いたしました!
asamicroさんには副賞として次年度以降での作品発表時の会場提供や制作サポートを行います。
今後の展開にぜひご期待ください。

「ラボ20#23」の約半年間のプロセスにお立会いいただいたみなさま、ご協力いただいた皆様に厚くお礼申し上げます。参加者・関係者の今後の活動にも引き続きご関心お寄せいただけましたら幸いです。

STスポット


『ラボ20#23』
キュレーター:岩渕貞太
参加アーティスト・作品:
asamicro「Family Unbalance」
Ne Na lab(杉本音音・遠藤七海)「柳葉魚を飠べるからだ」
森本圭治「Tetris」

舞台監督:熊木 進 照明:久津美太地(Baobab) 音響:牛川紀政
宣伝美術:内田 涼 ロゴデザイン:嵯峨ふみか 記録写真撮影:前澤秀登
特別協力:急な坂スタジオ 助成:マグカル展開促進補助金 企画制作・主催:STスポット

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