2024年9月03日(火)16:30インタビュー
ダンサー・振付家の神村恵さんが2021年から継続している、スコアを元にダンスを立ち上げるプロジェクト「無駄な時間の記録」。
これまで、動きの記録や指示が平面上に記述されたスコアを用いることで、ダンスを一旦作者の身体から引き離し、それを巡ってフラットで開かれたコミュニケーションを立ち上げながら、新しいダンスの形を模索してきました。
そして4年目となる今回は、4名のダンサーのスコアを統合して一つのスコアを作り、それを上演する試みをおこなうといいます。個別の身体性を抱える私たちが、共存しながらも自由に踊るためには、いかにダンスを開放すればいいのでしょうか。
「無駄な時間の記録」が目指す、スコアに記述するところから生まれるダンスとは一体なんなのか。神村恵さんに伺いました。
Q1:「無駄な時間の記録」では、身体の動きが記述された振付(スコア)を繰り返し読み解くことによって、ダンスが生み出されます。一見すると迂遠とも思えるこの試みになぜ興味をもたれたのでしょうか?
もともと、自分で振り付けて自分で踊る時に、自分の身体と意識の距離をうまく取って、俯瞰的に考えることが難しいという問題が常にあり、書き出したり言葉にしたりする作業を挟むことで、振り付けたり稽古したりしやすくなるという経験がありました。
他のダンサーたちは、それぞれどんな仕方で自分の動きの感覚や振付を、自分自身の作業のために記述しているのか、そこにどんなシステムがあるのかを知りたいという単純な興味があり、プロジェクトの最初の段階では、メンバーそれぞれの記述の方法を共有することから始めました。
私もその一部に含まれている、「コンテンポラリーダンス」と一般に呼ばれているようなダンスは、個々人の異なる身体を基本にする分、異なる身体や動き同士を関係づけるということが難しいという状況があると思います。
動きを記述するという段階を入れて、あえて個人単位の作業を“やりにくく“することで、他者が創作のプロセスに関わりやすくなったり、それまでとは異なる方向性の作品が生まれたりするのではという期待を持って、このプロジェクトを開始しました。
Q2:4年目となる今回、どういった理由から4つのスコアを統合して1つのスコアを作り、上演しようと思われたのですか?
パフォーマンス自体はその場で消えていきますが、過去に書かれたスコアは消えずに残っているので、それぞれの作家が3年前に自分が書いたものにもう一度向き合うという状況を作りたいと思いました。それぞれのスコアをアップデートすることを最初に考えていたのですが、それをする必然性がうまく見つからず、4つのスコアを統合して新たな作品を作るということになりました。
また、このプロジェクトでは、誰もが使えるような動きの記述方法を作ることや、スコアという形で作品を残すということよりは、スコアというものを介することで、単独あるいは共同でのクリエーションの場をより円滑にする、活発に開いていくことに重きを置いています。
複数人で(あるいは一人であっても複数の視点を自分の中に持って)対話しながら創作する関係性をどうやったら作れるかということを常に考えてきていたので、今回のような展開に至りました。
たくみちゃん 「たくみちゃんの動く城」(2021年/『無駄な時間の記録』SCOOL)撮影:中川周
Q3:神村さんは2022年から東京の国分寺でスタジオ「ユングラ」の運営をされています。活動の拠点を持ったことでご自身の創作に何か変化はありましたか?
パフォーマンスと違って、作った場所やものは、それをなくすという次の行動を起こさない限り存在し続けます。場所を作ったことで、パフォーマンスについても何が消えずに残るのかを、考えるようになってきたかもしれません。
ユングラを使うときには、自分たちが作った壁や床や棚が常に視界に入り、それと直に接しながら作業をすることになります。その結果、今あるものをどう生かして次に展開するかという仕方で考えることを、より自然にできるようになってきました。より地に足を付けた仕方で、自分の活動全体を考え、発想することができるようになった気がしますし、その態度はこの「無駄な時間の記録」プロジェクトにも反映されていると思います。
また、大きい空間だとそれを活かして実際に動いてみなければというプレッシャーがあると思いますが、ユングラは程よい狭さなので、動かずにじっと考えたり、少し動いたり、だらだらしたりしやすい大きさなのも、ぼんやり考えることからそれを動きや作品に連続的に展開していくことの、助けになっていると思います。
岡田智代 「記憶の壁」(2021年/『無駄な時間の記録』SCOOL)撮影:中川周
Q4:「無駄な時間の記録」には、振付をスコア化することで作り手=踊り手からダンスを引き剥がし、他者との対話の回路を開くプラットフォームとしての側面もあると思います。この取り組みを今後どのように展開させていきたいと考えていますか?
ここ数年、ダンサーと一緒に作業して作品を作ることに、より自分の興味が向いてきているので、スコアを利用しながら協働する方法は、個人的にも模索していきたいと思っています。
他者に振り付ける場合、振付家が実際に“やってみせる“、あるいは直接ダンサーの身体に触れながら動きのニュアンスを伝えたりすることが、最もやりやすい方法だったりします。しかしその方法だと、振付家としての自分の身体性をそのまま移植する方向に向かってしまいそうで、そうではない創作の仕方を、スコアを利用して今後も展開していきたいと考えています。
また、他のダンサーやアーティストにこの4年間のプロセスを、たどってもらい、この枠組みを利用して新たな作品に取り組んでもらうということも、面白そうだと考えています。