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「振付家ワークショップ」は何を目指しているのか? 梅田宏明インタビュー&児玉北斗寄稿|2018年10月

2018年10月29日(月)19:50STスポット


2002年横浜ダンスコレクション・コンペティションにて世界的な注目を集めるバニョレ本線の出場権を得たのち、世界中で作品を発表し続けてきた梅田宏明さん。2009年3月にはSTスポットと横浜赤レンガ倉庫1号館の共同主催によって当時の最新作の日本初演(※1)を行いました。それから約10年が経ち、梅田さんは「Somatic Field Project」を立ち上げ、振付家ワークショップをスタートさせました。このワークショップでは梅田さんディレクションのもと、国内外で活躍する振付家やプロデューサー、技術関係者など、様々な立場のゲスト講師の話を聞く機会を設け、最終的に参加者各々が短編の創作をし発表する流れでした。ワークショップ期間中に行った梅田さんへのインタビューと、モデレーターとして参加した児玉北斗さんによる寄稿を紹介します。


梅田宏明インタビュー

――振付家ワークショップは2017年からスタートしました。なぜこのような試みを始めようと思ったのでしょうか。

僕は今は海外での仕事が多いですが、住んでいるところも創作するところも日本なので、日本で自分や作品を育ててから海外に行くしかないんですよね。そうなると必然的に日本のダンスシーンの力が影響してくるわけです。日本でダンサーと仕事をするにはその土地のダンサーの質が上がっていないと自分の作品の質も上がらない。そのためにはダンサーが育つ環境がなければいけないし、振付家も育たなければならない。もっと力のある人がいっぱい出てくる必要がある。それとヨーロッパと比べると、「振付」という概念を真剣に考える機会が日本ではあまりないように感じられました。それを問題だと感じる人は周りには結構いるのですが、その人たちと話していてもどうやっていいかわからないという感じだったんです。実際、教育現場でダンスは体育の枠組みに入りますよね。「芸術としての振付」を考えていくときに、とにかく始めてみて、若手を育てるような場を作っていくことが重要なのではと思って始めました。例えば海外のディレクターには日本のコンテンツを気にしている人がかなり多いのですが、彼らからは「ヨーロッパと比べて違うものがあるだろうと思っていたのに」とあまりいい声を聞きませんでした。日本のダンスシーン全体を見たときにも「振付家」と「ダンサー」の違いがはっきり分かれていないですよね。僕は作品を作る能力とダンサーの能力は別だと思っているので、「振付」に対する概念があまりないということが問題点として浮かび上がってきました。その2つは全く別の作業だと捉えています。

――梅田さんは2015年に韓国でアジアのダンサーとコラボレーション(※2)をしていますが、日本のダンスシーンを考えるときに、アジアにおける日本、そして日本とヨーロッパの関係についてどのように考えていますか?

アジアの中の日本ではありますが、ヨーロッパから見たアジアと、ヨーロッパから見た日本というのは別物ですね。それにヨーロッパとアジアではコンテンポラリーダンスの成り立ちが全然違うということがよくわかりました。ヨーロッパは歴史を積み上げてきた中にコンテンポラリーダンスがありますけど、明らかにアジアにはそれがない。そこが大きく違うからどの国に行ってもそこに苦しむところがあって、いろいろな国でヨーロッパのコンテンポラリーダンスをインポートするという形で苦しんでしまうんですよね。それは日本でも起こっていて、そういう意味でダンスにおいては欧米とは明らかに歴史の成り立ちが違います。

――今回のvol.1でモデレーターとして児玉北斗さんにお願いしたのはどういう狙いがあったのですか?

児玉さんとは2015年のアジアのダンサーとのコラボレーションでご一緒しました。彼はすごくバランスが良いんです。ヨーロッパのシーンでちゃんと活動してきた日本人ですし、ダンサーでありながら自分で作品も作る。それに加えて社会的な視点を持っています。例えば日本ではあまり見ないようなコンセプチュアルな作品をやっていて、日本の今までのダンスの価値基準とは違う視点で物事が見えるんだろうなと思っています。僕はこのワークショップの主催者でもあるので全体を見ることが多いのですが、児玉さんには参加者との間を繋ぐ役割をしてもらっています。

――2009年の横浜公演で梅田さんは初めて自身以外の人への振付作品を作りました。先日の公演でもその作品のリクリエーションを「Somatic Field Project」名義で発表していました。振付家ワークショップと同時に「Somatic Field Project」は梅田さんの中でどのように違うのでしょうか。

モチベーションとしては同じことですが、「Somatic Field Project」はもっとダンスや動きの技術的なもので、「振付家ワークショップ」はもっとアーティスティックなものなので、だいぶ違うものです。ただ僕の中には共通しているものがありまして、基本的には「いかに個人を尊重するか」が根底にあります。基本的に僕は何も否定しないように臨もうと思っています。今自分が持っている価値基準だけで全部計るべきじゃないと思っているんですね。僕らが想像できない未来や可能性を誰かが持っているかもしれない。今はそれをどれくらい受け入れるかということを考えています。それはダンスでも同じで、「身体性」というのは僕らが想像できる範囲、つまり自分のボキャブラリーや価値観だけで計らないようにしています。実はその逆説としてメソッドがありまして、僕は「いかに個性を出すか」ということのためにメソッドを持っています。ガチガチに決めていくわけではなくて、参加する人が自由な発想を持つための土台というか。

――今回の枠組みの中で個別に答えられる限度はありますが、その限度の中で何を大切にして何を残すのかという選択も彼らのためになりそうですね。国によって縛られる規則が変わっていく中で、これだけが最も言いたいことだと伝える必要がでてきますし、技術的な面と社会性の面で、その作品のバランスをどこまで取るかというのが一気に試される場となっています。

前回、児玉さんが「それぞれが考えていることを断片的でもいいからマッピングする」という課題を出したのですが、それでわかったことはみんな思っていることはあるのに言わないということなんです。マッピングに重要なキーワードはすごくあるのに、最終的に言語化するときにその単語がなくなっちゃって、それっぽい言葉になってしまう。思っていることがあるんだからもっとダイレクトに出せばいいのになって。それをもっと引き出させるのが僕たちの役目かもしれませんけど、もっと根本的なところからやって欲しいですね。作品紹介文はこういうものだというイメージもあるかもしれませんが。「もっとダイレクトにこういうことやりますって宣言してほしかった」と児玉さんも言っていました。

――若手のダンサーは言葉で表現できないから説明しないという状態がどんどん進んでいる気がしているのですが、自分の考えを言葉にするということについて、梅田さんの思いを聞きたいです。

それって社会性の問題ですよね。「言葉にする」っていうのは全部を説明できないにしても、相手に対する謙虚さというか、人にもうちょっと丁寧に伝えるとか、そういう意味での気遣いがコミュニケーションだと思っています。そういう責任感がないと他人は聞いてくれないし、「自分のやりたいことをやってます」ってだけでは通じないものがある。言葉にすることによって社会性を持っていくわけですから、そういうことをモデレーターにやってもらっています。実は参加者の皆さんは意外とクリアなアイデアを持っていたりします。それを僕らがいろいろ引き出さないといけないんですけど、よく話を聞いているとやりたいことがはっきりあるね、ということがあります。

――今年の振付家ワークショップは半分くらい終わりましたが、今のところどういう所感でしょうか。

僕はこの振付家ワークショップの結果を全く想像しないようにしているんです。どうなるのかよくわからないくらいの方がいいと思っているので。とりあえずみんながいろいろな立場の人の話を聞いて自分たちなりにもがいている、参加している人たちも聞いてる僕らもそうだし、たぶん話しているゲストの人たちもそうで、全員がいろいろなことを考えて感じながら明らかに場が出来ているという実感が持てているので、それはすでにやって良かったなと感じますね。作品がどういう結果になるかわからないにしても、こういう場があるというのはエネルギッシュでいいことだと思っています。いろいろな人の話を聞くと価値観がどんどん広がっていくし、それで改めて自分を見つめ直す場があることはすごくいいですよね。一方で「振付」ということにおいては、意外と真剣に話をする場がないんだなと思いますね。どうやってこれが定着できるかは今後のためにも考えていかなくてはと思っています。

【注釈(それぞれの番号をクリックすると本文に戻ります)】
※1 the Ground-breaking 2009/Red Brick Contemporary Dance File 梅田宏明 新作公演。この公演では、Festival D’autonme(パリ)やRomaeurope Festival(ローマ)など欧州を代表する国際フェスティバルと共同制作されたソロ作品の日本初上演に加え、フィンランドのダンサーを起用して梅田が初めて挑戦したグループ作品と、2005年に製作されたビデオダンス作品の3作品を紹介した。
https://stspot.jp/schedule/?p=2768

※2 ソウル国際ダンスフェスティバル(SIDance)とAsia Culture Centerで行われた、「<ASIA Superposition Showcase>: Collaboration Project of Asia Dance Company」というプロジェクト。この年はアジア14カ国のダンサーによる6週間のレジデンスと公演を行った。振付家は梅田と韓国のファン・ソヒョン。
http://www.sidance.org/2015english/program/prgm_view.php?num=358&ckattempt=1

Photo: Somatic Field Project
取材日:2018年8月1日(水) 取材:佐藤泰紀


児玉北斗寄稿「振付は舞台裏で起こる」
私は大学院で振付を学んだのですが、「そんなの習えるもんなの?」とよく聞かれます。もっともな反応だと思いますし、実は、私自身そういった疑問は修了した今でも常に抱いています。もちろん、いわゆるダンス作品の制作における様々な技法を形式的に教えていく事は可能なのですが、そのような方法だけではコンテンポラリー・ダンスにおける振付という概念の同時代的なあり方とは矛盾する気がしています。振付する事を振付してしまうような規範的枠組みを押し付けてしまいかねないからです。

モデレーター/講師として参加した今回の振付家ワークショップの内容は、振付の仕方を手取り足取り学ぶというよりも、ダンスに関わる様々な方々の考えに触れることで振付に関する思考を解きほぐし、そこから自分のコンセプトを明確化してもらう、という様な方向性でした。今の時代、形式を習うことは、色々な作品を見たり本を読んだりすることで、かなりできるものなのですが、それでは見えてこないような、振付という行為に伴う倫理的問題や社会構造など「舞台裏」への意識も等しく重要であるという事を今回の講師の方々のお話を通して再確認しました。というか、振付という行為そのものが基本的には舞台裏で起こる事なのです。

私の恩師の言葉を借りれば、振付とは「共に動く事の困難」を考える実践である、とも言えます。「振付」 と「ダンス」を一旦分けて考えてみる事で、身体を取り巻く様々な状況が振付という視点を通して浮かび上がってくるのではないか、と私は考えています。よくある芸術の社会性の話か……、と思われるかもしれませんが、作品が社会的に有用であるか、または芸術の自律性云々、といった議論ではなくて、振付という行為の中には他者との関わりが常にあるということを言いたいのです。自作ソロでさえ、むしろそれこそ、自己の他者性のようなものと向き合わざるを得ない。振付そのものが、芸術的行為であると同時に(またはそれに先行して)、社会的行為でもあるのではないでしょうか。

そういう意味で、このワークショップの参加者の多くが、当たり前に思っていたダンスや振付に疑問を持ったのは、大きな出来事だったと思います。知らぬ間に我々の行為を制限しているような概念に揺さぶりをかけることも、また振付という行為なのかもしれません。ポスト・コレオグラフィーなどという事も言われますが、そんな用語はともかく、議論を交しながら自らの認識と表現のパラダイムを更新していく場を作りたい。ダンスって一体何だ? 作品? 振付とは? そういった根本的な疑問を立ち上げるところから制作へと至る、そのプロセスとその先に、これからもとことん付き添っていければと思っています。

児玉北斗


梅田宏明プロフィール
振付家、ダンサー、ビジュアル・アーティスト。2002 年に発表した『while going to a condition』が高く評価され、フランスの Rencontres Choréographiques Internationalesに招聘される。以後、パリのシャイヨー国立劇場共同制作『Accumulated Layout』や、YCAM 共同制作作品『Holistic Strata』などが世界中のフェスティバルや劇場より招聘される。2009 年 から振付プロジェクト「Superkinesis」を開始。他委託振付作品に、ヨーテボリ・オペラ・ ダンスカンパニー『Interfacial Scale』(2013 年)、L.A. Dance Project『Peripheral Stream』(2014 年)などがある。2014 年には、日本の若手ダンサーの育成と、自身のムーブメント・メソッド「Kinetic Force Method」の発展を目的として「Somatic Field Project」を開始。
http://hiroakiumeda.com/

児玉北斗プロフィール
ダンサー/コレオグラファー。日本でバレエ一家に生まれ、北米やヨーロッパでダンサーとして活動してきた自身の経歴をバックグラウンドに、近代的主体・身体の政治性とコレオグラフィーの連関について当事者的な問題意識を持ち続け、理論と実践の緻密な相互作用を基盤とした作品を制作している。2018年ストックホルム芸術大学修士課程修了、芸術学修士(コレオグラフィー)。
www.hokutokodama.com

Somatic Field Project 振付家ワークショップ vol.1
ディレクション:梅田宏明
Aコースモデレーター:児玉北斗
Bコースモデレーター:田畑真希
ゲスト講師:飯名尚人 植松侑子 尾崎聡 越智雄磨 北村明子 佐藤泰紀 高樹光一郎 橋本裕介 山田うん
企画・制作:S20 Somatic Field Project
共催:STスポット
助成:公益財団法人セゾン文化財団
http://sfp.hiroakiumeda.com/?p=949

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