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ST Spot 30th Anniversary Dance Selection vol.1 伊藤キム×山下残『ナマエガナイ』インタビュー|2017年10月

2017年10月10日(火)20:35STスポット

皆様に支えられ、今年でSTスポットは開館から30年を迎えます。開館30周年を記念し、「ST Spot 30th Anniversary Dance Selection」として、様々なダンス作品の上演を行います。
その第一弾は、2014年2月にTPAMのプログラムとして上演し、国内外からご好評をいただいた、伊藤キム×山下残『ナマエガナイ』です。3年半ぶりのSTスポットでの再演にあたり、伊藤キムさん、山下残さんにインタビューをしました。


【インタビュー・伊藤キム】
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—この作品は自伝的なエピソードと、嘘か本当か分からないお話が入り交じって、目の前にいるのは本当にキムさんなのか?全く知らない別の人なのか?観ていて、とても不思議な気持ちになったことを覚えています。この作品はどんな風に残さんと創られたのでしょうか?

まずは残さんが取り組んでいる「モノと身体の関わり」に基づいていくつかエチュードを行いました。一方、社会状況や私の生い立ちなど、さまざまなことについて残さんからインタビューも受けました。その時の私のメモには「三島由紀夫」「アートとは?」「切腹」「宗教」「死」「ももち・嗣永桃子」「病院」などとあります。

 

—STスポットでの初演後、様々な場所で上演をしてきましたが、上演を繰り返して変わったこと(もしくは変わらなかったこと)はありますか?

作品の根幹は変わらないと思いますが、私の残さんへの理解度は深まったと思います。そのせいで、作品が表面的には変わってきているかもしれません。残さんのことはいまでも理解できない部分はありますが。

 

作品の中で、言葉が先行して変化するときと、言葉はそこに置いてあって身体が先に変化する時があると感じています。キムさんにとって、言葉と身体とダンスは、どういう関係でしょうか?

生まれ落ちた瞬間の私たちには身体しかなく、まだ言葉を持ち合わせていない。そして筋肉をつけ骨太くし立ち上がって歩けるようになる。周囲の環境から学びながら徐々に「社会性」というものを身につけていく。それはまるで社会に出るために武装するような感じ。その意味で言葉は最終兵器なのかもしれません。良くも悪くも。そして、ダンスは私たちをもう一度原点に引き戻すような装置または遊び道具なのかも。これは最近子どもが生まれての実感です。言葉が「大人の武器」だとすれば、ダンスは純粋な身体を呼び戻す「大人のおもちゃ」なのでしょう。

 

約3年半ぶりにSTスポットで凱旋公演をするにあたって、意気込みやご来場される方に向けたコメントをお願いします。

作品のキャッチコピーにある通り私は以前マスコミ志望でした。この作品は、山下残流ジャーナリスト的視点で現代社会を、ダンスを、そして伊藤キムを掘り下げているので、ニュース番組や記者会見のような場として楽しんでいただけるかもしれません。また、私自身公私ともに大きな変化のあった3年半だったので、前回ご覧いただいた方には違った風景が見えるかもしれません。

 

【インタビュー・山下残】
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二人で作品を創り発表したいと当時のSTスポット館長にご相談いただき、2014年2月のSTスポットでの上演が、この作品の始まりだったと思います。改めてキムさんと一対一で作品を創ろうと思った、きっかけを教えてください。

これがきっかけというのはなかなか定めにくいのですが、じつは伊藤キムの名前が世間に知れる前からキムさんを知っていて、92年か93年頃だったと思います。ドイツのダンスカンパニーが京都で公演をしたときに舞台監督をしておられて、知人の関係で終演後の打ち上げに参加させてもらいました。八文字屋というお店だったと思います。隣の席になった舞台監督のキムさんにビールをお注ぎしたときに、注ぎ過ぎてしまいキムさんの手にビールの泡が溢れてしまいました。それをキムさんは微動だにせずじっと無表情で見ていた。それがとても怖くて忘れることができません。

 

初演との違いとして、タイトルが表記されるようになりましたが、なぜタイトルをつけることにしたのですか?

それはつまり初演になぜタイトルをつけなかったのかということですね。

だれもタイトルを要求しなかったからでしょうね。再演になるとどうしても招聘先からタイトルを要求されますので、その時にツアースタッフのラングさんが、作品中に使われてる言葉でこれがいいのではないかと提案を頂きました。

それと、タイトルをつけた者に主権が移ってしまうというか、そもそも対等なコラボレーションにしたかったのかもしれません。

 

作品の中には、キムさんと残さんの実体験に基づくエピソードや、身近な社会問題など、様々な話題が出てきますが、どういう風に言葉を見つけて、作品に落とし込んでいったのでしょうか?

それは自分にとって音楽はどこからやって来るのかと聞かれるようなものです。インタビューもしましたし、稽古場で会話したこととか、時事のニュース、山下のエピソードなど、素材を混ぜこぜにして舞台の進行をイメージしながら細かく編集しています。

 

—キムさんにもお伺いしているのですが、残さんにとって、言葉と身体とダンスは、どういう関係でしょうか?

言葉自体が自分にとって身体的で、それは父親が囲碁雑誌の編集の仕事をしていて、昔はコンピューターでなく、全部細かい記号や言葉を手作業で切り貼りして、実際の碁盤を隣に置きながら白黒の碁石をパチパチ鳴らし、散乱した机上で部屋はタバコの煙で充満しているというアグレッシブな光景を子供のころに見ていました。

囲碁や将棋に記譜というものが存在しますが、あれは何時間もの時間の層が一枚の紙に凝縮されているわけです。パソコンのない時代に記譜を書くというのはかなり空間的な作業だったのではないかと思います。それが自分にとってのダンスだと言うとあまりにもこじつけかもしれませんが。

逆に身体は言葉的かというと、あまりそうは思いません。言葉でとらえきれない部分が身体には多いと思います。

 

—約3年半ぶりにSTスポットで凱旋公演をするにあたって、意気込みやご来場される方に向けたコメントをお願いします。

完全再演を目指します。いかに日本の社会が3年半変わり映えしないか見てほしい。

 

 

 

構成:持田喜恵、萩谷早枝子


ST Spot 30th Anniversary Dance Selection vol.1namaeganai2014_3a
伊藤キム×山下残『ナマエガナイ』
日程:2017年10月18日(水)〜19日(木)
振付・演出 山下残
出演 伊藤キム

詳細:http://stspot.jp/schedule/?p=3831
掲載写真:伊藤キム×山下残(2014年)初演[撮影:松本和幸]

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