ST通信The Web Magazine from ST Spot

もう一つのST――地域連携事業のこと|2017年9月

2017年9月24日(日)10:52地域連携事業部

■最近のSTスポット横浜

1987年11月18日に開館した小劇場・STスポットは、まもなく開館30年を迎えます。何かと過去のデータが必要な事情もあり、事務所の片隅に置いてある古いファイルを漁ってみることが増えてきました。昔の資料の中でも特に面白いのは、20年ほど前に紙媒体で発行していた頃の「ST通信」です。公演関連のお知らせとともに、当時のスタッフたちの動静も載っていて「中古でいいから余ってるパソコンを譲ってください!」なんてSOSが目に飛び込んできます。当時もスタッフは必死だったんですね。

では、現在はどうなっているのしょうか。今ではウェブサイトのメニューの一つになった「ST通信」ですが、新聞形式だった当時と同じように、折に触れて事業を担当しているスタッフの声も掲載していこうという方針になりました(意外と現場の声を自由に発信できる場所は少ないものなのです)。不定期な掲載になりますが、これを一つの機会として、ここでは公式な情報とはまた別の角度で、STのことを知っていただきたいと思います。

私たちスタッフは、仕事場のことを「ST」と呼びます。対外的にもそう呼んでくださる方が多いのですが、その場合は「小劇場であるSTスポット」を指している場合がほとんどです。劇場を利用してくださるカンパニーが劇場名を表記する際に差が出る場合もあるのですが、より正しくは劇場名が「STスポット」で、活動体全体が「認定NPO法人STスポット横浜」です。

私たちは自分たちの活動を、単なる劇場運営団体ではなく、地域の文化芸術機関として定義し「現代社会にアートの力を生かす」というミッションのもと活動を続けています。劇場は30年ですが、劇場以外の活動も14年続いており、現在も試行錯誤をしながら、文化芸術の領域を広げる活動をしています。総スタッフ11人の内訳としては、劇場部門が5人、地域連携事業部門が6人となっています。ここでは、地域連携事業を中心に綴ってみます。

■学校での取組から

【特別支援学校での取組み】 横浜市港南台ひの特別支援学校(港南区) アーティスト:花崎攝 (シアター・プラクティショナー/演劇デザインギルド) 日程:2017年2月3日、8日、15日

【特別支援学校での取組み】
横浜市港南台ひの特別支援学校(港南区)
アーティスト:花崎攝 (シアター・プラクティショナー/演劇デザインギルド)
日程:2017年2月3日、8日、15日

私がSTに関わり始めた15年前は、アーツマネジメントと呼ばれる芸術文化界隈の潮流が動き始めた頃。横浜では、2001年に現代美術の国際展が初開催され、クリエイティブシティと呼ばれる都市政策に文化芸術が関わりを持ち始めたタイミングです。STでも、地域コミュニティの中で芸術文化の可能性を活かすための方策を探していました。そこで2004年に開始したのは、学校での芸術プログラムの実施です。

学校でのプログラムは、神奈川県との協働事業としてスタートし、県内の学校に芸術家と出かけて授業を行う、というものでした。当時は全国的にも先行事例が少なく「芸術家が出かけて何をするのか」と学校の先生方にも不思議がられましたが、現場を作ってみれば子どもたちと作った芸術の現場はめっぽう面白い。このまま劇場や美術館で多くの人に見てもらっても十分に耐えうる現場だ、と自負していました。

一方で私のように、学校の先生と芸術家の間に入るコーディネーターの重要性は、理解されにくかったように思います。力のある芸術家を発掘し、現場でアドバイスし、成果を示すこと。また、学校の先生と細かな調整と大方針を共有していくことなど、コーディネーターにはある種の専門性もあります。こういった文化芸術の取組を広げていくためには、自分たちのみが素晴らしい現場を唯一作れる存在だ!という考え方ではなく、芸術界隈全体、いわば同業の仲間とともに歩みを進めていくしかないと考えました。

その後、学校での取り組みは事業のパートナーを横浜市に変え、現在「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」として続けています。今年度STでは、横浜市内の3つの小学校と1つの特別支援学校に芸術家と出かけていきます。芸術家との打合せを終えて事務所に戻って来たスタッフはホクホクと上気していて、新しい現場がスタートする熱が伝わってきます。また、横浜市内の文化施設やアートNPOと一緒に取り組むための事務局も運営し、現在は全39団体で142校に出かけていっています。コーディネーターや先生に向けたレクチャー企画も組んでいます。

学校での取組みは、自分たちだけがプレーヤーになるのではなく、一歩引いて大勢の人が関わる仕組みを作っていくこと、つまり中間支援の重要性を感じる大きな機会になりました。

■地域への広がり

【ヨコハマアートサイト・キックオフ・ミーティグ】 会場:YCCヨコハマ創造都市センター3F 日程:2017年5月27日

【ヨコハマアートサイト・キックオフ・ミーティグ】
会場:YCCヨコハマ創造都市センター3F
日程:2017年5月27日

2011年の東日本大震災は、芸術文化のあるべき中間支援ってどういうものなのか悩み、考えている頃に起こりました。東北に出かけていった私には出会いがあり、喜びがあり、失敗があったと思います。ただ決定的に分かったことは、横浜で仕事をしていながら、横浜という地域のことを本当には分かっていない、ということでした。学校に出かけていくので、打合せ用の喫茶店情報は頭に入っているつもりでしたが、本当はもっと地域のことを知りたいものだ、と。

そのタイミングで、横浜の地域文化をサポートする「ヨコハマアートサイト」をSTが担当することになったのは、本当にうれしいことでした。主な仕事内容は、地域で活動する民間の芸術団体に対する助成金の事務局業務ですが、これを機に横浜の地域文化を勉強したいと思いました。文化施設でない場所で小さく営まれている芸術活動は世の中には多くあり、その地域の名前と結びつくような深さを持った活動が、たとえば東北の災害時には、文化の基盤となって地域再生の原動力になったという例をたくさん聞きました。

では、地域文化とは具体的に何を指すのか。明瞭な答えが出ない状況をそのままに、事業広報とあわせて「季刊ヨコハマアートサイト」として刊行を続けています。現在13号の発刊準備をしています。地域文化を考える人たちのためのフォーラムも続けています。

また、学校での取組みや地域文化サポートの仕事を通じて、障害のある人とアートの関わりにも注目してきました。文化芸術の活動は、何らかの形で世間の価値観を問うものだと思いますが、従来福祉領域として捉えられてきた場所では、日常的に価値の問い直しが起きていることもあるのですね。地域における障害者の文化芸術活動をどう構想するか。いまはSTが作業所などに芸術家と出かけていますが、ゆくゆくは地域の文化施設をはじめ、文化芸術界隈の仲間たちと一緒に取り組みたいと思っています。

■わあわあ現場の話を

【福祉施設での取組み】 施設名:障害者地域活動ホームみどり福祉ホーム アーティスト:上村なおか(ダンサー/振付家) 日程:2017年2月6日、27日、3月6日

【福祉施設での取組み】
施設名:障害者地域活動ホームみどり福祉ホーム
アーティスト:上村なおか(ダンサー/振付家)
日程:2017年2月6日、27日、3月6日

こういった地域連携事業部の変遷の中で、小劇場・STスポットはたゆみなく活動を続けてきました。地元カンパニーへの会場提供からはじまり、現代演劇やコンテンポラリーダンス分野の焦点化、若手芸術家の支援、国際交流事業の実施など、その時々に応じて柔軟な事業を組み上げてきました。つまりSTスポットが行ってきた文化芸術分野の中間支援活動が地域連携事業として順番に広がっているのだ、という思いがします。

「純粋な文化芸術」と「手段としての地域でのアート」という二分法だとこぼれ落ちるものが多いものです。どうにか両者を分けずに話をしていきたい。そんな中、STの事務所ではスタッフみんなが現場の話をわあわあ喋りあう時間が持てていることは幸福なことです。もしかしたら、30年前から変わっていないのかもしれませんが。

※地域連携事業部の活動詳細はそれぞれ「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」「ヨコハマアートサイト」「福祉分野における芸術文化活動の基盤整備事業」のページをご覧ください。

(文・小川智紀)

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