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手塚夏子 『漂流瓶プロジェクト第一弾 〜それは3つの地点から始まる〜』インタビュー|2017年6月

2017年6月28日(水)21:18STスポット

7月21日(金)~23日(日)に『漂流瓶プロジェクト第一弾 ~それは3つの地点から始まる~』を上演するダンサー・振付家の手塚夏子氏にインタビューを行いました。STスポットで初演を迎えた「私的解剖実験シリーズ」、また「民俗芸能調査クラブ」で顧問を務めるなどSTスポットとつながりの深い手塚氏。本企画は韓国とスリランカのアーティストとの共同プロジェクトの第一弾です。



今回のプロジェクトが生まれたきっかけについて教えてください。

手塚:なぜ今回のプロジェクトに至ったかというと、シンガポールに拠点を置く、劇団シアターワークスの主催者であるオン・ケンセンさんがセゾン文化財団と共に行った「アーカイブボックス」のプロジェクト(注)がきっかけです。ダンスは形として残りませんし、音楽と違って楽譜もありません。ダンスをどうやって残したら良いのだろう? ということから端を発し、ダンスのアーカイブについて考えるプロジェクトが企画され、参加しました。そこでダンスはどのような形のアーカイブがあり得るのか? という議論を重ねました。例えば映像を残すことなのか? 楽譜にするようなことなのか? 結果的にはそのもの、そのままは残せないだろうということになりました。ですので、各アーティストがダンスを独自の形でアーカイブしたものを「アーカイブボックス」と呼ぼうということになりました。またそれを他のアーティストに手渡すことで、何らかの反応が起きて、そこから作品ができるようなものを作りましょうということになりました。


手塚さんはどのようなアーカイブボックスを作ったのですか?

手塚:私は「私的解剖実験6」という作品のアーカイブボックスを作りました。私が作品を作ったプロセスを受け取った人に追体験してもらえるような仕掛けにしたいと考えたので、インストラクションという形をとりました。中身としては私がどんな気持ちでそれを作ったか? ということや「それぞれが住んでいる地域やコミュニティにおける近代化以前の芸能を観察してください」というような指示で構成されています。


そのアーカイブボックスを、まずはスリランカのアーティストに渡したということですね。

手塚:はい、その次の年にオン・ケンセンさんがディレクションをしているシンガポールのSIFA(Singapore International Festival of Arts)というフェスティバルで行われたDance Marathon: OPEN WITH A PUNK SPIRIT!というプログラムの中で、スリランカのベヌーリ・ペレラさんが私のアーカイブボックスを使って作品を作ってくれました。非常に面白い取り組みなので、そのボックスを今度は韓国のソ・ヨンランさんというアーティストに渡しました。アーカイブボックスとしては二人目ということになります。ちなみにアーカイブボックスのインストラクションの最後に「次の人にアーカイブボックスを渡してください」という指示があります。つまりベヌーリさんがヨンランさんにボックスを手渡す形になっています。


ベヌーリさんがヨンランさんにアーカイブボックスを手渡す際に中身に変化はあるのですか?

手塚:アーカイブボックスをもとに作品を作った際に自分自身に必要だったことなどを手紙にして添えてもらうことになっています。ですので、私がベヌーリさんに渡した内容とは少し違ったものになっています。チェーンメールのような感じですね。


ベヌーリさんとヨンランさんについて教えてください。

手塚:ベヌーリさんは近代化以降に随分形を変えたものではあるのですが、スリランカの伝統舞踊を小さいときから習った方です。イギリスでコンテンポラリーダンスを学び、ダンスやパフォーマンスなど、身体を使った表現活動をされています。ですので、様々な古い芸能に非常に関心を持っていて、韓国や南米でもリサーチをされています。ヨンランさんはまた全然違うところで出会ったアーティストなのですが、彼女も近代化以前の芸能や、それが近代化で様々な変化や影響を受けたことにとても興味があり、韓国はもちろん、モンゴルなどの他の地域や国に行って、たくさんの芸能をリサーチされています。現在はデンマークの大学で宗教についての研究をされています。


今回は手塚さんによる「私的解剖実験6」の再演と、そのアーカイブボックスを受け取ったお二人の作品によって構成されるということですが、そもそも、なぜ「私的解剖実験6」をアーカイブボックスに入れようと思ったのですか?

手塚:それは、今の私が未来のことを考える上で問い続けたい内容が盛り込まれているからです。今私たちが暮らしている状況は近代化の延長線上にあると思いますが、欧米列強以外の国ではそれらは西洋近代化という形である時期に急速に変化し、時には暴力的な支配を伴っていたと思います。つまりそれは外発的な要素がとても強い近代化だったと言えると思います。そして、日本にとっては欧米を模範とする、という発想での国づくりが進んでいった。つまり、何を正しいとするか、それを欧米から見た日本という視点で考えるようになったと言えるかもしれません。そして、ある基準から自分を見るという発想は物事や人の判断を評価する態度ともなっていき、そのような視点から人々が互いを評価し合い、同時に自分をその視点から見て律していこうとする。そうするとき、本来の自分が持っている内発性をなんらかの方法で抑えることにも繋がっていくように感じます。内発性は例えば子供がお母さんのお腹から生まれようとするときに発揮する力のようなものだと私は思っていて、昔の生活の中で厳しい状況のときに体の奥から発露する力として歌や踊りを紡ぎ出したり、お神輿を持ち上げたり綱引きを行ったりしていたのではないだろうか? そういった問いが私の中にあり、そういった発露を現代では発揮することがとても難しく、今起きている様々な状況に反応できないでいる。そういった私たちの未来にもう一度何がしかの内発性を取り戻して生きていける力を取り戻せるような芸能を作りたい、そういう思いでこの作品をつくりました。別の文化圏のアーティストが別の視点から近代化についての問いを突きつけてくれることで、こういった問題をもっと立体的に見ることができると感じ、アーカイブボックスにしたいと思いました。


今回の再演はどのようなものにしたいですか?

手塚:初演時は六人と人数が多かったのですが、今回は二人だけでやります。当然同じようなやり方ではできないので、初演時の自分との変化を観察して、どのような展開を作っていこうかと模索中です。今まさに新しい発想が生まれ始めています。


手塚さんと、アーカイブボックスを受け取ったベヌーリさんとヨンランさん、お三方の作品を見比べることで様々な発見がありそうです。実際に共同制作を行うのは来年以降ということですが、今後の展開、展望をお聞かせください。

手塚:日本にとっての近代化は西洋近代化という意味ですが、アジアの他の国々にとっては植民地化を意味していたり、植民地化=西洋近代化であったりと、近代化の捉え方は様々で、アジアの国々によっても違うと思います。日本では西洋近代化はとても前向きなイメージとして社会や歴史の中で教えられてきました。ですがそれによって失った何かが、細かく見つめることで浮かび上がってくるかもしれません。また失っていないのに、否定的に捉えられているものもあるかもしれません。このように歴史はとても一方的に判断されてしまう側面を持っています。それによって、自分たちがどのような歴史の上に立っているのかが見えなくなってしまうこともあると思います。一つの視点だけから見ていた感覚を、視点を動かして歴史をもう一度再検討するといいますか、もう一度観察し直してみることで、今私たちがいる場所も違って見えてくるかもしれません。それを三人で取り組んでいきたいと思っています。そこには既に三つの視点がある訳ですし、それぞれの国の歴史から見ると、また違って見えてくるでしょう。さらにそれぞれの視点も意識的に動かして、観察し直してみることで、またそこから別のものが見えてくるかもしれません。このように視点を動かしながら、立体的に、今私たちが生きている時間や場所のようなものが、様々な角度から浮かび上がってくるような作品づくりを目指したいと思っています。

 

(注):シンガポールの劇団〈シアターワークス〉の芸術監督兼SIFA(Singapore International Festival of Arts)の芸術監督であるオン・ケンセン(Ong Keng Sen/王景生)とセゾン文化財団による「ダンス・アーカイブの手法」におけるプロジェクト。2014年4月に「セミナー編」を行い、12月には「アーカイブボックス」を使った再創作についての公開プレゼンテーションを実施した。ファシリテーターとして、オン・ケンセン、ダンスドラマトゥルクの中島那奈子、ダンス批評の武藤大祐の3名が、また振付家・ダンサーとして、伊藤千枝、黒田育世、近藤良平、白井剛、鈴木ユキオ、手塚夏子、矢内原美邦、山下残の8名が参加した。

インタビュー・構成:島崇



手塚夏子 『漂流瓶プロジェクト第一弾 〜それは3つの地点から始まる〜』

日程:2017年7月21日(金)〜23日(日)

出演:手塚夏子 萩原雄太(手塚夏子作品) Venuri Perera YeongRan Suh
音響:牛川紀政

公演詳細情報:https://stspot.jp/schedule/?p=3611

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