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民俗芸能調査クラブ 糸島レポート㈰ 萩原雄太:古墳を物として眺める|2015年6月

2015年6月17日(水)15:45アーカイブ

 2月に発表会を終えて、報告書用の原稿執筆や編集作業などを行いながら、これまで1年間に行った活動を整理すると、自分の思考の中に共通点があることに気づいた。僕の関心事は、民俗芸能とパフォーミングアーツがいかに響きあうか、その両者にとって何が架け橋となるのかということであり、それを探し求めてウロウロとしてきた1年間だった。

 それは、自分にとって切実な問題だ。僕は、演劇のために民俗芸能を観察しているし、演劇を通じて民俗芸能にアクセスしようとしている。けれども、一方には「そんなに無理やり繋げなくてもいいじゃないか……」という気持ちもある。民俗芸能という超膨大なアーカイブのうちで、「演劇」の関心事に引っかかるものしか見ることができない。もっとただ、民俗芸能との関係を取り結ぶことは不可能なのだろうか?

  糸島での合宿が決まった時、「いかに何も得ないか」「いかに言語化しないか」「いかに演劇と結び付けないか」そういう方法で調査をしようと考えた。

 福岡市から電車で1時間あまりの場所にある糸島市は、近年、福岡市民の日帰り旅行の場所としてにぎわいをみせているエリアだ。東京から見た湘南のように、海と、自然と、おいしく健康的な農作物がとれるこの地域。しかし同時に、ここは、日本でも最も古くから稲作が行われていたであろう場所であり、「掘ったら文化財が出る」と言われるほどそこここに遺跡が点在する。

 糸島の名前の由来となったのは「伊都国」。邪馬台国や奴国とともに魏志倭人伝に登場した弥生時代の国が、この地域には存在していた。爾来、2,000年以上にわたって、人々は連綿とこの地で生活を行っている。糸島にはそんな営みの連鎖があると考えた時、この地に伝わる民俗芸能をリサーチすることよりも「古墳を見たい」と思った。古墳という物体から、民俗芸能にも観られるような人々の死生観や世界観、精神性を見て取れるのではないかと考えたのだ。

 そこで、今回、糸島におよそ60ある(!)と言われる古墳のうちのいくつかを巡った。

 「伊都国歴史博物館」のスタッフにアドバイスをもらいつつ、今回巡った古墳は「築山古墳」「端山古墳」「古賀崎古墳」「井原1号墳」「一貴山銚子塚古墳」そして「釜塚古墳」の6ヶ所。国の史跡に指定されているものから、こじんまりと地元の人々が守る(放置する?)ものまでそのラインナップは様々。もちろん、一言で古墳といっても、製作年代には数百年の違いがあるしその雰囲気も大きく異なる。例えば、「一貴山銚子塚古墳」は、一般的にイメージされる古墳ではなく、ほとんど「山」や「雑木林」といわれてもおかしくないほどに木々が生い茂っている。「端山古墳」は、桜の木が植えられているピクニックに最適な小高い丘だ。

 神社であれば、そこに流れる空気に神聖さを感じ、頭を垂れたくなるような気持ちが湧き上がる。しかし、今回巡った古墳に共通したのは、寺社仏閣で感じるような「聖性」を感じないこと。どれもが、ただの場所、ただの丘にしか思えなかった。もちろん、そこに墓を築くのだから、「聖性」としてそれ相応の理由があるはず。けれども、僕にはなぜそこに古墳を作ったのか、そんな基本的なこともよくわからなかった。

 それは、ただそこに「物」として存在していた。だから、古墳の上に立っているときに「悠久の時の流れ」のようなものを感じることはできない。1700年とか2000年前から、どっしりと構えている古墳という存在はロマンチックなものではなく、ただ、「ある」という状態しかない。その意味で、それは自然との関係に似ているかもしれない。山や川などが存在するということと同じレベルで、ただ古墳は存在している。その佇まいは、潔いとすら思えた。にも関わらず、古墳の上を歩いていると、どこか人の身体の上を歩いているような気分に襲われる。そこは、確かに誰かの領域である。それと同時に、誰の領域でもない。

 何も得ようとせず、何も言語化しようとせず、古墳をただ眺めるということが、いわゆる「豊か」な経験になったかは怪しい。ほとんど「漫然と」眺めていただけだったかもしれない。ただ、歴史も知らず、意味もわからずに古墳を眺めることによって、自分の中にある感覚が入ってきたという実感を少しだけ持つことができた。その実感は「ここで、1500年とか、2000年とか、あー時間が、うん、あったんだなあ。そうか。そういうものだよな」というようなもの。決して、「時間の長さ」や「古代人がそこに馳せた思い」というものではない。ただ、ただ、そこに晒され、受け止め、通過させたというような感覚だった。じゃあ、これが何になるのか? と言われれば、それはわからない。けれども、古墳は僕の感覚の中にすーっと入り込んだ。

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