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2012年7月

2012年7月28日(土)〜29日(日)



「えぐるのではなく放つというimage
      言葉でもなく感傷的なstoryでもない
   何かゾクッとするものに触れたい 」


Noism、BATIKなどでのダンサーとしての活動を経て、自身の作品や、さまざまなアーティストとの共同作品にも積極的に取り組んできた清家悠圭。今作では、ポーランドのアーティストWojciech Morawskiを、音響や映像といったマルチメディアの制作に迎え、ソロ作品に挑む。文化庁新進芸術家研修制度の研修員として、イスラエルの「インバルピントダンスカンパニー」での活動後、初めての新作に期待が集まる。 



2012年7月20日(金)〜7月23日(月)

2013年に迎える寺山修司没後30年に向けて、重力/Noteでは「寺山を知らない世代(83年以降生まれ)」を中心に、昨年11月より寺山の残した様々なテキストを演劇化する試みを重ねてきました。寺山の仕事には世間一般に知られているカルチャーとしての《テラヤマ・ワールド》がある一方で、高度成長を迎えていた当時の日本社会がもたらした生活様式の激変の中において、それぞれの人々に生じていた亀裂―例えば故郷・都市・家族といったものとの葛藤に寺山は眼を向けていました。今回は寺山のテキストに加えて、晩年の寺山を追った評伝『職業◉寺山修司』(著者:北川登園)を組み合わせることで、ドキュメンタリーとフィクションが交錯する中でどんな演劇が可能なのか。寺山修司の言葉に新しい響きを加えるべく挑戦していきます。

2012年7月14日(土)〜17日(火)



「わたしの身体の奥に重なる 無数のひとり

   皮膚を溶かしながら染み出でて

   甘い息を吐きながら

   ずっと奥まで引きずり込んで」



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関かおりは動き以前に、存在自体が気になって仕方がないという、希有なタイプのダンサーである。  ふと気づくと、もうそこにいる。かと思うと口元の薄笑いだけを残して掻き消えていたりする。ふわりと挙げた指先が、見ている者の鳩尾あたりにずぶずぶと分け入ってきて...... そんな幻視を呼ぶ関の舞台を見た後は、身体のどこかにダンスの感触が残り続ける。それは肌触りのようでも、吐息や香りのようでもある。そんな特別な、秘め事のような舞台なのだ。  今回も前回に引き続き「匂い」を使うという。五感に響く関の舞台が深まる様を楽しみに待ちたい。


                            乗越たかお


2012年7月7日(土)


私たちは海の向こうで出会いました。

そしていまも大きな海原の風を体に聞いています。

 

私たちはあまりにちっぽけですが踊りたいと思います。

この人生を「バラ色の人生」と言うために踊りたいと思います。

(今、おどる、これが私たちの生命です。)


ソライロ バライロ ソラミロバライロ

ソライロ バライロ ソレミロバライロ

晴れた日は 澄んだ空の放物線に。

雨の日は アスファルトの静寂に。

ソライロ バライロ ソラミロバライロ

ソライロ バライロ ソレミロバライロ

明日には忘れちゃいそうな今日は オーソレミオの鼻歌を。